ヤマダイスキーの旅日記

アウトドア全般、トライアスロン、海外移住、言語、資格試験、ウェブ開発などの話をします

物欲の火を消してはいけないという話

 

歯列矯正をすることにした

上下の前歯を部分矯正することにした。

 

総額38万円。

 

矯正が終わったらホワイトニングもするつもりなので、それで総額40万円ほどになる。

 

たっけぇぇ。。。

 

奥歯も含めて全部矯正するとなると100万円はするから、それを考えるとかなり安く抑えられている。にしても新卒ぺーぺーのお財布には大打撃だ。。。

 

ただこれは必要経費というか、これからの僕の人生で日本に2年以上定住することはたぶんもうない。だからやるなら今のうちだと思った。

やるかやらないかの判断でいうと何年も前からずっと迷っていたけど、そこはやることにした。そこにはとある判断基準があって、

 

「買わない理由が値段なんだったら買え。買う理由が値段なんだったら買うな。なぜならお金はあとから取り返せるから」

 

というもの。ツイッターでどこかの大学の教授が言っていたやつの受け売りである。

 

さらに僕なりに付け足すなら、

「少しでも安く買おうとする努力は認めるが、そもそも買うか買わないかの判断のほうがはるかに大事」

というもの。50円や100円安いカフェを探すより、水筒を持ち歩いたほうがいいよね、みたいな。

 

僕の歯並びはもともとそんなに悪くないし、際立って黄色いわけではない。虫歯もないし、親知らずも抜いた。まぁ日本人としては普通か、なんなら良好な部類だろう。

それがなんで歯列矯正をしてホワイトニングまでするかというと、やっぱそこはグローバルスタンダートというか、欧米や東南アジアの基準に合わせたいから。

特にアメリカ人とかカナダ人はかなり歯並びにこだわりを持っていて、矯正をしていない=まともな教育を受けていないみたいに思われる。それから近年は東南アジアの若者でもかなり歯列矯正が流行っていて、矯正している=お金持ち、ちゃんとしている、みたいなイメージがあるらしい。

 

いちおうタイとかマレーシアの病院で歯列矯正を受けるとしたらどうなのかな?と思って調べるだけ調べてみたけど、これがなかなかリスキーだった。どうせ日本でも保険の適用外だから(ほんとクソだよね)イギリスとかカナダの病院も調べてみたけど、これもかなりの高額である。つまりやるなら日本の病院。それもやるなら今のうち。

 

歯列矯正をする理由はもう1つあって、詳しくは以前書いた記事を参照してもらおう。

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簡単にいうと社会人になってお給料を頂くようになったものの、物欲が

歯列矯正

ロードバイク

の2つしか残っていない。

 

お酒はもう一生飲まなくていいし、家なんて収益化できないならただの負債だと思ってるし、車やバイクもどうだっていいし、ギャンブルは昔から一切やらないし、キャンプ用品は安物の中古品で十分だし、なんならこれからの人生で旅をするつもりがほとんどない。

趣味といえば勉強とスポーツとビジネス。

我ながらやばい。

「そんなんで生きてて楽しいの?」とつい自問してしまうが、これに対する回答はまたいずれすることとしよう。

 

ロードバイクは買わないことにした

とにかく、歯列矯正を始めたことで残る物欲がロードバイクだけになってしまった。

 

いちおうこれについても調べていて、もし買うとしたらGIANTのTCR ADVANCED 2 DISC KOMってやつのブラックにしようと思っていた。

 

2022 GIANT Bicycles | TCR ADVANCED 2 DISC KOM

 

お値段は税込で35万円。

 

ひえぇぇ。。。

 

しかもこれは車体だけだから、替えのタイヤとかサイクルウェアとかビンディングシューズとかを揃えていくとこれまた40万円を超えてくる。

 

ただね、これも出せない額ではないんですよ。

なにせ僕にはほかに出費がないからね。まだしばらく会社続けるつもりだし。

あとカーボンでディスクでワイヤー内蔵だと35万円なんてかなり安い。

 

だからここで大事になってくるのが、

・買ったとして効用を享受できるのか

・物欲を解消するべきなのか

という2点。

 

自転車について言うと、買ったのなら乗らないと意味がない。

それも休日だけじゃなく、長期休暇にロングツーリングがしたい。僕の場合はさらにスイムとランも組み合わせたい。あと転勤とか海外移住することになっても一緒に持ち歩きたい。

それができるのか、つまり時間・体力・気力的に可能なのかと考えると、思ったより厳しそうだなと思った。であれば効用の費用対効果が悪い。どうせ同じ40万円を使うなら回転寿司に2000円×200回通いたい。

 

欲望をすべて満たされた人間ほど不幸な存在はいない

みなさんはいくらぐらいのお金なら使いきれるだろうか。

僕はたぶん20億円くらいまでなら使いきれる気がする。使いきれるというか、正しく使える気がする。

1億円とかだと普通に生活していても200万円×50年とかだから限界が見えている。20億円だと2000万円×100年か、なかなか難しそう。100億円とかだとさすがに理解不能

というか20億円あったら、ちゃんと精査して会社とか工場とかを買って、権利と人材を引き抜いて、世界中に生活拠点をつくって資産を分散管理して、なんなら日本の自治体とか政治家とか外国の永住権とかを買収するだろう。

いや、これだと投資だね。お金が増えちゃうから使いきれないか。

 

まあいい、20億円あったら消費しきれないと仮定する。んで、20億円もらったと仮定する。仮定の話をいくらしてもしょうがないんじゃないかと思われるかもしれないが、化学でいうところの理想気体みたいな人間を想定したいので、それで論を進める。

 

僕がこの理想状態の人間になったとして、どこにどうお金を使うか考えてみる。特に消費面において。

 

これが、全然リストアップできない。

 

高級寿司を食べるだろうな、とは思う。

でもA5の黒毛和牛を何度か食べたことがあるけど別にそこまで美味しいと思わなかったし、キャビアとかフォアグラも健康に悪そうだから食べないだろう。

というか美味しい食べ物ってお金さえ出せば手に入るというわけではない。半分腐った果物の腐ってない側とか、レアすぎて市場に出回らない鮮魚とか、脱水症状のあとに飲むソーダとか、うちの息子と同い年だからと食べさせてもらう富良野メロンとか、自分で配合を微調整して焼いたビスコッティとか、本当に感動レベルでうまい食べ物ってこういうもの。

とはいっても高級寿司だって実はたいした値段ではない。今日ずっと東京にある高級割烹とか高級寿司屋とかを調べていたが、せいぜい2万円である。しかも個室代が1万円とかで、カウンターなら1万円を切ったりしている。毎日通うなら話は別だが、いや毎日通ったとしても、なんとかなるレベルの値段だ。もちろん上には上があるもので、お金を使おうと思ったら使えるのかもしれない。だけどその味の違いが僕に分かるだろうか。否。

 

あとはゲームでもするか。

最新のVRゴーグルを買って、なんなら自分でゲームを開発して、ひたすら極める。

 

でもこんなのね、20億円なくてもできることなのよ。

落語にもこんな話があったし、西洋にもこれに似た寓話があった。

 

24歳でそんな境地に達しちゃうのって良くないと思う。

ハングリー精神を忘れたらもはや死んでる。

欲望を持ち続けたほうがいいに決まってる。

人間の欲望を求めるパワーを舐めたらあかん。

 

ということでロードバイクは買わないことにした。

いつか本当に欲望を捨て去りたいなと思ったら買うことにする。

いつかロードバイク買いたいなぁと思っていろいろ頑張ります。たぶん買わんけど。

南アルプス登山記録【北岳登頂】

 

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初日の夜、当然のように雨が降ってテントが浸水した。

それに寒くてあまり寝れなかった。

 

この時点でかなりモチベが削られていて、すくなくとも山頂付近で野営はしたくないなと思った。今回新調したヘッドライトもかなり光量が足りていなくて、日没後の行動は難しそうだ。

(追記。電池を充電したら明るくなったが、しばらく山には登らないので転売した)

 

ということで白峰三山を1泊2日で縦走するのではなく、北岳に日帰りで登ることにした。北岳に登頂したら下山、登頂できなくても正午になったら下山、というのを撤退条件とした。

 

出発は5:15。

しょっぱなから登りが続くが、どうせ今日だけなので気にせずぐいぐい標高を上げていく。

 

コース的には南西に進むはずで、太陽の方角としてもだいたい合ってて、もし北に進んでいたら川を越えるはずなんだが、どうもコンパスがずっと北東を指していた。

 

しばらく考えて分かったが、針の赤くなってるのがN極で黒がS極なのであった。僕が扱っている商品は逆だからな、なんて思ったが、帰宅して確認してみるとそれも赤がN極で黒がS極だった。あれれ(-_-;)

 

ちなみに地図に磁北線を記入していないのは大目に見てください。

 

こんな立派な山小屋が登山口だけでなく山中にもあるというのがまさにアルプス。

 

僕は登山の原体験が北海道の山々なだけに、本州の山に登ると過度に警戒しすぎたり逆に舐め腐ってしまうことがよくある。もはや別のスポーツだと割り切ったほうがよさそう。

川の水を汲もうと思っていたらこの山小屋に蛇口があった。まぁこれも川の水なんだろうけど。

 

トレッキングポールを使わずにガツガツ登っていたら山頂の直下で両足の内もも(内転筋)が攣ってしまった。トライアスロンと登山では使う筋肉が違うというか、負荷がある状態だと筋肉の反応が違うんだな。

攣るのには慣れているので特に問題なく動けるんだが、せっかくなので天気もいいし眺望を楽しんだ。

 

山頂付近からの眺め。

頂上の写真はyamapからどうぞ。

yamap.com

学生時代は山に登るとなると髪型を3mmか5mmの坊主にしていたのが、社会人になってそれなりの長さに伸ばすようになった。当然シャワーなんて浴びていないので思った以上にボサボサである。

 

登りのタイムは約4時間。

コースタイムが7時間半なのでだいたい53%であった。初見の山でトレッキングポールがないと65~70%くらいが相場であり、50%となると伊吹山くらい慣れた山にほぼ空身でポールを使って登ったくらいのハイペースである。頑張った。

 

登頂が9時すぎだったので間ノ岳まで縦走してもよかったが、ちゃんとした昼ご飯を持っていなかったこともあり予定通り下山することにした。

下山では登ってくる人が大量にいたためほぼコースタイム通りのペースであった。

 

その日の晩ご飯。

 

100均で鍋を買おうと思ったが販売中止してしまったようで、普段使っている鍋を持ち込んだ。もはやいつもの食事風景である。

 

米を2合炊いたが、1合しか食べれなかった。

年取ったな。。。

 

余った米は翌朝リゾットにした。

 

北岳から見たところ甲斐駒ヶ岳仙丈ケ岳の縦走はけっこう厳しそうということで鳳凰三山の縦走を先に済ませようと思ったが、またしても夜に激しく雨が降った。

 

さすがに山の天気にしてもおかしいな、悪い予感がするなということで甲府に戻ることにした。どうやら台風が接近中だったらしい。事前に高層天気図はチェックしていたが、前線にばかり注意していて台風の進路を確認していなかった。かなり直撃コースだったらしい。観天望気だけで見抜けたのはえらい。

 

甲府に戻るとそういえば世間はお盆休みらしく、お店がほとんど空いていなかった。

 

1つ空いてそうな店もあったが、汚い恰好をしているからか入店拒否された。

探してみるとデニーズを発見。入店拒否もされなかった。ありがとうございます。また行きます。

 

雨が降ったら宿に泊まってスーツに着替えて営業でもしてみようかなと思っていたが、さっさと帰りたい気分だったのでその日のうちに東京に帰った。そう、実はスーツと営業資料も山に持ち込んでいたのである。

 

めでたし、めでたし。

南アルプス登山記録【BCにて】

 

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ということで南アルプスに登っていく。

 

まずは甲府駅まで移動して、そこから登山バスでBCの広河原に移動する。料金は片道で2290円だった。乗車券が1990円で、マイカー規制の協力金が300円らしい。現金だけでなくSUICAとかでも払える。

時刻表や路線図はこちらからご確認ください⤵

広河原 | 山梨交通株式会社

 

上にあがってしまえば最大で15食分くらい娑婆のメシが食べられないということで、甲府駅の近くで定食屋に入った。肉豆腐定食というものだったが一瞬で食べてしまい、写真すら撮っていなかった。

 

せっかくなのでもう1軒はしごして、かけそばを食べた。

 

お腹がいっぱいでちくわの天ぷらが食べきれず、ポケットに突っ込んであとで食べた。

 

広河原に到着したらインフォメーションセンターやら山荘やらがあって、なんだ近代化されてるやんって感じだった。

 

キタダケソウとかいうのがあって名前からして収容人数70人くらいありそうだが、実物は小指すら置けないくらいミニチュアだった。これまた写真は撮っていない。

 

山荘に併設されていたシャワールーム。半年前にオープンしたらしく、もはや高級旅館であった。バブル期のロッジが山中で廃墟みたいに残っているのをたまに見つけるが、それもオープン当初はこんな感じでピカピカだったんだろう。諸行無常である。

 

キャンプサイトにはフリーWiFiすら飛んでいた。さすがに使わなかったけど。

 

ちなみにこれが僕のテント。セカンドストリートで確か2600円とかで買った気がする。当然のようにフライシートがなく、もし雨が降ったら浸水不可避なのである。(不穏なフラグ)

 

いつもは公園とか河川敷とかで人目に付かないようにコソコソ設営していたから、指定のキャンプサイトで設営するのは新鮮だった。日没後に設営して日の出前に撤収するのが当たり前だったからねぇ。

 

中はこんな感じ。畳1枚より幅が15cm広いくらいかな?

 

エアマットと寝袋は普段の生活でも使っているので、要するに自宅なのであった。

 

ちなみにサブザックは中学生のときに兄ちゃんからおさがりでもらったものをかれこれ10年使っている。25Lは正直小さいんだが、これで世界一周もしたし、その気になればテントと防寒着を外付けできるのでなんとかなる。

 

というよりザックは一度買うと10年とか20年とか使い続けるものなので、品定めするのに3年以上かけている。なんなら自分のアウトドアブランドをさっさと立ち上げてそれを使いたい、というのを思い続けて4年ほどになる。なかなか難しいんよこれが。

 


つづき⤵

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南アルプスの登山計画書

 

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ということで南アルプスに登ることにした。

以下が僕の登山装備リスト、およびチェックリスト。

 

  ・すべて電源は切れてる?
・ドアのカギは閉めた?
 
  ・目覚まし時計はセット消した?
・山岳保険に加入した?
 
  ・洗濯物は取り込んだ?
・登山届は提出した?
 
  ・窓は閉めた?    
       
貴重品 保険証コピー、クレカ、紙幣 野営 テント、フライシート、ハンモック
  スマホ、イヤホン   グラウンドシート
  充電コード、プラグ部分   シュラフ
  モバイルバッテリー   (インナーシーツ、銀シート)
  (撮影機材)   エアマット、銀マット
      ツェルト、タープ
調理 コッヘル   細引き、張り綱
  食器、カトラリー   (ランタン)
  火器、カートリッジ、ライター    
    文具 地図
衛生 歯ブラシ   コンパス
  カミソリ   メモ用紙
  せっけん   ボールペン
  マスクとその予備  
  袋、ゴミ袋    
    食糧
衣服 雨具上下   常食
  防寒着   行動食
  帽子   非常食
  軍手    
  下着 コア装備
  靴下   ザック、ザックカバー
  着替え   トレッキングポール
  タオル    
  サンダル 特殊装備 (アイゼン)
  サングラス   (ビーコン、スコップ、ゾンデ棒)

 

 

ここに食糧15食分を加えたところ16.65kgになった。さらに水4Lを追加するので20kgを超えるほどになる。

 

僕の体重はこの半年で6kgほど減って68kgなんだが、その30%もの荷物ということになる。だいぶ重い。

 

それからこれは僕の悪いクセで、下界が暑いときに「まぁいっか、軽量化だよ」とかって防寒着をパッキングしないことがよくある。気温の逓減率といって標高が1000m上がるごとに気温は6.5℃低下するんだが、「下界が36℃でしょ?2000m上がっても20℃以上あるよ」なんて考えてしまう。ただこれは昼間の話、なおかつ東京の話であって、中央高地に行くと平地の気温が下がるし、夜間はもっと寒い。毎回反省するが毎回その反省が生かされない。

 

それから今回は食糧の調達も失敗した。ちゃんとアルファ米を買えばいいのに、「まぁ上で炊けばいっか」などと生米とナベを持っていくことにした。ちゃんとした登山が1年ぶり、泊まりの登山に至っては6年ぶりとはいえ、もはや初心者みたいな失敗である。

 

行程としては、

1泊2日:白峰三山(北岳間ノ岳農鳥岳)の縦走

1泊2日:アサヨ峰、甲斐駒ヶ岳仙丈ケ岳の縦走

日帰り:鳳凰三山(地蔵ヶ岳、観音ヶ岳、薬師岳)の縦走

を全部やるというのがマックスの計画。

 

なんていうか、放射状登山なんだけどそれぞれ縦走するっていうタフめなコースを設定した。コースタイムはyamapで算出していて、それぞれ単独の山行としては比較的イージーなものの連続でやるとなると難易度がかなり高くなるイメージ。

 

BC(ベースキャンプ)を広河原っていう場所で設定していたんだが、もちろん近くにスーパーはないので食糧はすべて荷揚げしないといけない。これが今回の最大のハードルであった。

 

そもそも鳳凰三山まで登るとなると体力的にムリだろうなということで予備日扱い、もしくは甲斐駒ヶ岳仙丈ケ岳の代わりに登るつもりだった。合計で4泊5日と移動2日の7日間というかなり長丁場のコースになりそうだが、実際にどうだったかは次の記事で詳しく述べよう。

 


つづき⤵

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お盆休み!

会社員になったことで「お盆休み」なる期間を迎えることになった。いやはや土日休みにしろお盆休みにしろ、そもそも定時という概念にしろ、会社員はなんだかんだ時間がある。大学生のときより守られてる感が強い。

 

弊社の公定休暇は6日間だったのだが、(研修中にも関わらず)さっそく有給を1日取得したことで僕のお盆休みは7日間になった。本当は有給を3日使うことで土日とくっつけて11日間の休みにしようかと思ったのだが、後述するようにそんな長い休みがあってもすることがない。

 

さて、今年のお盆にしたいことをリストアップして優先順位をつけたところ以下のようになった。

 

プランA

キルギスの3000m峰、3500m峰登頂

プランB

東南アジアをバイクで周遊

プランC

極東ロシア入国、吉林省の中朝国境で調査

プランD

トムラウシ登頂or大雪山縦走

プランE

南アルプス縦走

プランF

富士山TTT(耐久タイムトライアル)

プランG

東京から大阪まで歩く

プランH

ゲーム開発、BOT開発

 

特にプランAからCまでは海外渡航になるため、現状で日本や各国のコロナ対策がどうなっているのか調べる必要があった。結論からいうと世界的に入国制限はかなり緩くなっている。ただし日本に帰国するときに出国元の陰性証明書が必要らしく、それを用意するのがちょいダルい。

 

あとはコロナ以外の懸念点として、

・この半年間で1割以上も円安になっている

・ロシア問題で原油価格が半年間で50%も高騰しており、連動して燃油サーチャージが高騰している

・そもそも11日間は長くない。どうせ海外に行くなら仕事を見つけて移住したい

などが挙げられた。「今」することじゃないな、という感じ。

 

次に検討したのがプランDからFまでの登山、およびプランGで、違いとしては北海道に行くか関東に留まるか関西に行くかという点。これは札幌に転勤するか東京に残留するか関西配属になるかによって決めようと思っていて、東京に残ることになったのでDとGが消えた。最後は富士山か南アルプスで迷ったが、お盆の富士山とか登山客が多すぎてうんだりするだろうと思って南アルプスにした。

 

プランHは予備。もう1年近くずっと予備のまま。

 


 

つづき⤵

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「今さら稼いだところでもう遅いんだよな」という悲しい感情

給料日が近づくと10代の頃の極貧生活がフラッシュバックしてくる。

当時から大変だなぁと思っていたけど、給料をもらって人並みの生活をできるようになってから振り返ると、いやいや大変なんてもんじゃなかったなぁと思う。

この記事では、学生時代に僕がどんな生活をしていたか、それが今の行動選択にどう影響を与えているのか、そしてそれらについての建設的な見解をのべようと思う。

 

学生時代の暮らし

大学入学時に親から「これで卒業まで頑張って」とそれなりの額を渡されていたが、僕はなにせやりたいことが無限にあって、できることならそれらをすべて達成したいタイプの人間である。在学中にすべてのプロジェクトを完遂させるとした場合、卒業時におよそ350-400万円の借金を抱える計算になっていた。アルバイトで10万円や20万円をチマチマ稼いでなんとかなる額じゃない。使途が使途だけに日本学生支援ヤ〇ザから借りることもできない。ここから僕の極貧生活が始まった。

 

その最たる例が食事で、基本は朝昼に食パン1斤を食べ、夜に米3合を炊いてパックのみそ汁で流し込む生活をしていた。


それからカロリーのコスパを最大化する最適解として、週に2回はにぼ次朗に行っていた。にぼ次郎ってのは関西の二郎系ラーメンだそうだが、僕は特にラーメンにこだわりがあるわけではない。部室棟の近くにあったから行っていただけ。おいしいというよりカロリーを摂取しに行っていた。もちろんにぼ次郎に行くときは昼メシを抜き、時には朝メシから抜き、なんなら翌日の朝メシまで抜いていた。

 

大学から自転車で30分くらいのところにMKバイキングっていう500円(当時)のビュッフェがあって、そこにもよく行った。最低3人前、できれば4人前食べていたが、帰りは吐きそうになってグロッキーなまま自転車を漕いでいた記憶がある。

 

もしくは近くの酒屋で350円のワインを買って、酔うことで空腹を忘れることもしばしばだった。ビールをチェイサーにする男、ワインをのどごしで味わう男、日本酒を水のように飲む男、なんて呼ばれていた。酒を買うくらいなら米を炊いたほうが安いんだが、米だとおかず代がかかるからね。

 

極貧生活の終焉

学生時代の2大プロジェクトであったイギリス留学と世界一周について、当初は前者の予算が100万円、後者の予算が200万円という想定であった。これが前者は奨学金でフルカバーすることができ、後者も120万円で終わった、というか強制終了した。これによりその後の学生生活がグッと楽になる。


帰国してアルバイトを開始した。どうせなら人生経験として10個くらいバイトを掛け持ちしようとしたが、4つ目の審査、5つ目と6つ目の面接、7つ目のリサーチを進めている段階でコロナのパンデミックが起きた。これによりすでに働いていた仕事を3つとも辞めることになり、というか営業停止してしまい、収入源がいったん途切れた。

 

この段階で今後の授業料と生活費の合計を算出してみると、ギリギリで貯金と予定収入の合計がそれらを上回っていることが判明した。ともすれば授業料が払えなくて退学になっていたかもしれないところを、なんとか23歳にして借金や退学のプレッシャーから脱出することができた。感情としては、とにかく貧乏から1mmでもいいから遠ざかりたい気持ちであった。もう貧乏は十分だ。

 

このタイミングで京都に帰った。ほぼホームレスみたいな状態だったが、未来に希望があるのは幸せだった。コロナで株が大暴落していたので積立NISAを開始した。ビジネスと資産形成について調べまくった。革命で資本主義を打倒するのではなく、うまく制度を活用しながら賢く立ち回ろうと思った。

 

それから復学した。授業を週23コマ入れて、就活とか勉強会のイベントを週10ほど入れて、さらにバイトの夜勤を週2で入れていた。働けば働くほど貧乏から遠ざかっていくのが快感であった。お金がないせいで、未成年なせいで、高校生なせいでやりたいことが何もできなかった10代に比べれば、自由時間が週に2時間しかないなんて贅沢な話であった。

 

そんな生活を1年ちょっと過ごし、なんとか壮絶な戦いを制して卒業することができた。感情としては、もはや余生であった。生まれてからこのかたお金を払って勉強する身分だったわけで、そこに納得できていなかったわけで、ようやく働けるのかと思うとせいせいした。しかも会社員として毎月給料をもらう生活である。貧乏どころか死からも遠ざかることができる。なんて快適なんだ。

 

悟りの境地

そんなこんなで、今残っているのは100万円ほどの物欲である。これは主に歯列矯正トライアスロン(≒ロードバイク)の費用であるが、こんなの半年もあれば稼げてしまう。

 

正直、10年以上におよぶ極貧生活がほんの2年程度で終わり、これから先の人生でお金に苦労することはないのかなと思う。なにせ僕は年間80万円もあれば日本の物価で幸せに暮らせてしまうし、そもそも日本で生活するつもりがない。

 

もし仮に10代の10年間で国から毎年100万円が配られていたら、僕は日本に残る気になったかもしれない。僕が普通に生活していたら生涯の税収は1億円くらいあるだろう。1000万円払っただけで1億円の税収になるなんて、10倍のリターンが確実に見込めるのはいい投資なはずなんだが、そんな正常な判断ができる人はそもそも政治家にならない。うん、やっぱり日本はオワコン。

 

もう1つ仮定をしてみて、今から数年で1億円とか2億円とかをポンと稼いだとしたらどうだろう。いや、これにしたところで染み付いてしまった金銭感覚や価値観は変わらない。1万円の出費にはこれからも1万円分の痛みを感じるだろう。例えばマイホームとかブランド品にはまったく興味がない(転売目的を除いて)し、自動販売機でジュースは買わないし、夜にコンビニに行くくらいなら昼にスーパーに行くし、お酒やラーメンは今後一切口にしなくて構わない。筋トレと美容と勉強にはお金を使うだろうけど、しょせん数百万円である。たいしたことない。

 

そうね、これから先の稼ぎは友人や後輩のために使っていこう。

というか稼ぐのもほどほどにして、親しい人たちとの時間を優先していこうと思う。

僕がイスラム教徒になろうと思った理由

僕は普通の日本人家庭、すなわち仏教と神道キリスト教を必要に応じて使い分ける環境で育った。そんな僕だが、20歳から30歳までの10年間を移行期間として最終的にイスラム教に入信しようと思っている。なぜイスラム教なのか、そもそもイスラム教とは何なのか、この記事ではそのあたりを整理してみた。

 

1,アザーンが好き

日本人でイスラム教徒になる人には大きく分けて2種類いる。

バックパッカーとしてイスラム圏に渡航したことがあり、現地の人々や文化に感化されたから」という人、それから「宗教や文化の研究をしていて、実際に自分がイスラム教徒になった方が理解が深まるから」という人。

僕は特殊な人間なので両方とも当てはまるんだが、ここではまず前者について述べよう。

 

イスラム教では毎日5回の礼拝があるが、その礼拝を呼びかける章句というか音声を「アザーン/Adhan」という。これはモスクのミナレット(尖塔)のスピーカーから大音量で町中に響き渡るもので、イスラム教徒じゃなくてもつい立ち止まって聞き入ってしまう。こればっかりは現地に行って聞いてもらわないと気持ちが分からないだろうけど、とにかく惚れる。

 

特に印象的だったのはカシミールの湖で聞いたアザーン。夕暮れの時間にこんな景色を眺めているとマグリブ(日没)のお祈りを知らせるアザーンが聞こえてきて、ごく自然な感情としてイスラム教徒になろうと思った。

 

YouTubeで音源を探してみたらいくつか見つかったが、やはり音源なので音質がキレイである。実際は音割れしていたり、建物で反響したり、雑踏の音に混じって聞こえてくるし、それから国や宗派によっても章句や音階に違いが見られる。 

具体的に何を言っているかといえば「アッラーのほかに神はいない」「礼拝に来たれ」といったことだが、意味を知るのはあとからでいい。響きが最高。それだけで入信する理由として十分である。

 

2,宗教として最も論理的整合性が取れている

僕は宗教を専攻していたわけではないので、キリスト教ユダヤ教ヒンドゥー教や仏教の教義にそこまで詳しくない。だけど何冊か本を読む限り、キリスト教の三位一体ってなんだ?聖書には科学では説明できない奇跡のエピソードが出てくるけど、これも信じないといけないのか?ヒンドゥー教はつまりカーストを肯定してるんだな?輪廻転生とか面倒じゃね?と思ってしまった。

 

その点、イスラム教は極めてシンプルである。

アッラーのほかに神はなく、ムハンマドアッラー使徒である。アッラーが決めることは絶対であり、アッラー対人間という構図のなかで人間は平等である。日々の生活のあらゆることはアッラーに従い、死後のこともアッラーに従い、よく分からないこともアッラーがよきように計らってくれる。悪いことが起きてもアッラーが決めたことだから仕方ないし、幸せなときもアッラーのおかげである。

理論的根拠がすべてアッラーに一元化されていて、シンプルなゆえに論理が頑強である。

 

まぁ繰り返しになるが、僕はあまり宗教とか論理とかに詳しくないので、さらに学びたい方は中田考さんの書籍を読んでみてもらいたい。これとかは僕も難しくてなかなか読み進めるのが大変だったが。。。

 

3,神の存在を証明することはできないが、神を信じる人々は存在する

ここまで何度もアッラーの名前を出してきたが、アッラーの存在を証明することはできない。まぁそれでいうとアッラーの「不在」を証明することもできないんだけど、僕にとってはどっちでもよい。なぜなら僕にとって宗教とは「実在を伴う虚構」であり、神とは「仮想包括的な論理」だから。

最後の審判なんて僕にはよく分からない。コーランも日本語訳とかアラビア語の原本とかをちょっとずつ読んではいるが、正直さっぱりである。でも確かに言えることは、「最後の審判を信じて行動している人たちがいる」「コーランハディースに従って生活している人たちがいる」ということ。宗教を論じるうえで、個人的には教義とか経典とかにはあまり興味がない。イスラム教におけるそれらの正しさや優位性を証明し、まして布教まで行うのは僕の役目ではない。もっと興味があるのは、宗教を信じる人間たち、彼らの心理である。彼らの心理というと分析が難しいから、「僕らの心理」「僕らの行動原則」ということにした。

それから神の論理的包括性。すでに述べたが、イスラム教において理論的根拠はすべてアッラーに一元化されており、世界観の説明は極めてシンプルである。人類における二大虚構として「宗教」と「科学」を挙げるとするならば、科学が宗教を訂正することもあれば、科学が説明しきれない部分を宗教が補完することもある。便利というと語弊があるが、「神は完璧である」じゃなくて「完璧な存在を仮定して、それを神と定義した」というあたりに宗教の強さを感じる。

 

4,現行の資本主義経済を補完するザカート・サダカの可能性

最後に、僕は大学で経済を勉強していたのでその観点からイスラム教について述べよう。そもそも僕は資本主義的な反資本主義の立場というか、資本主義経済に疑義を抱きながらも、暴力革命でもなく、隠遁するでもなく、ルールに則って平和的にルールを破壊していきたいと考えている。その現実的な最適解を考えてみると、やはりイスラム教のザカート(制度喜捨)やサダカ(自由喜捨)、もっと広義にいうとほかの宗教のチャリティや功徳がそうなのではないかと思う。

制度喜捨や自由喜捨といってもピンとこないだろうが、簡単にいうと前者は税金(貧しい者は免除される)、後者は寄付である。

税金というのはほとんどの国で導入されている制度だが、どうしても不平等感や不公平感がつきまとう。人より多く稼いでいるからといって税金を多く納めるのは本当に正しいのか?と思うし、その一方で必要な人に満足に配分されていないだろとも思う。これは国家が税制や社会保障を勝手に決めているのが原因である。

その一方で宗教における富の再配分は国家の税制と根本的に異なる構造をしている。その最大の違いは「死後に報われる」という実在を伴う虚構である。

税金であれば「俺は人より多く納税しているから偉いんだぞ!」「勝手に国家に徴収されて、その上ドブに捨てるような使い方をされてとんでもない!」みたいな主張が通るかもしれないが、喜捨であれば「俺はこれだけ施しをしているから天国に行けるだろう」「自分がもっとも解決すべきだと思う問題に支払う」なんてことが可能になる。「天国」という国家がコストを負担しないベネフィットのおかげで社会保障が成立し、さらにそれは個人単位(ここでいう個人とは社会的・経済的にインパクトのある起業家を指す)でのきめ細かな判断に基づいた意思決定となる。

うーん、あまりうまく説明できないけど、つまり宗教が経済学的に優れているところは「勝手にみんな自己満足で社会にとって有益なことをしてくれる」みたいな感じ。

 

5,まとめ

体感として、ある閾値以上の貧乏生活や臨死体験を経た知識層は何かしらの超個人的・形而上学的スキームに傾倒する傾向があるように思う。そして僕の場合のそれが暴力革命やカルトじゃなかったのは僥倖である。