ヤマダイスキーの旅日記

アウトドア活動、トライアスロン、海外生活、言語、資格試験、ウェブ開発などの話をします

「今さら稼いだところでもう遅いんだよな」という悲しい感情

給料日が近づくと10代の頃の極貧生活がフラッシュバックしてくる。

当時から大変だなぁと思っていたけど、給料をもらって人並みの生活をできるようになってから振り返ると、いやいや大変なんてもんじゃなかったなぁと思う。

この記事では、学生時代に僕がどんな生活をしていたか、それが今の行動選択にどう影響を与えているのか、そしてそれらについての建設的な見解をのべようと思う。

 

学生時代の暮らし

大学入学時に親から「これで卒業まで頑張って」とそれなりの額を渡されていたが、僕はなにせやりたいことが無限にあって、できることならそれらをすべて達成したいタイプの人間である。在学中にすべてのプロジェクトを完遂させるとした場合、卒業時におよそ350-400万円の借金を抱える計算になっていた。アルバイトで10万円や20万円をチマチマ稼いでなんとかなる額じゃない。使途が使途だけに日本学生支援ヤ〇ザから借りることもできない。ここから僕の極貧生活が始まった。

 

その最たる例が食事で、基本は朝昼に食パン1斤を食べ、夜に米3合を炊いてパックのみそ汁で流し込む生活をしていた。


それからカロリーのコスパを最大化する最適解として、週に2回はにぼ次朗に行っていた。にぼ次郎ってのは関西の二郎系ラーメンだそうだが、僕は特にラーメンにこだわりがあるわけではない。部室棟の近くにあったから行っていただけ。おいしいというよりカロリーを摂取しに行っていた。もちろんにぼ次郎に行くときは昼メシを抜き、時には朝メシから抜き、なんなら翌日の朝メシまで抜いていた。

 

大学から自転車で30分くらいのところにMKバイキングっていう500円(当時)のビュッフェがあって、そこにもよく行った。最低3人前、できれば4人前食べていたが、帰りは吐きそうになってグロッキーなまま自転車を漕いでいた記憶がある。

 

もしくは近くの酒屋で350円のワインを買って、酔うことで空腹を忘れることもしばしばだった。ビールをチェイサーにする男、ワインをのどごしで味わう男、日本酒を水のように飲む男、なんて呼ばれていた。酒を買うくらいなら米を炊いたほうが安いんだが、米だとおかず代がかかるからね。

 

極貧生活の終焉

学生時代の2大プロジェクトであったイギリス留学と世界一周について、当初は前者の予算が100万円、後者の予算が200万円という想定であった。これが前者は奨学金でフルカバーすることができ、後者も120万円で終わった、というか強制終了した。これによりその後の学生生活がグッと楽になる。


帰国してアルバイトを開始した。どうせなら人生経験として10個くらいバイトを掛け持ちしようとしたが、4つ目の審査、5つ目と6つ目の面接、7つ目のリサーチを進めている段階でコロナのパンデミックが起きた。これによりすでに働いていた仕事を3つとも辞めることになり、というか営業停止してしまい、収入源がいったん途切れた。

 

この段階で今後の授業料と生活費の合計を算出してみると、ギリギリで貯金と予定収入の合計がそれらを上回っていることが判明した。ともすれば授業料が払えなくて退学になっていたかもしれないところを、なんとか23歳にして借金や退学のプレッシャーから脱出することができた。感情としては、とにかく貧乏から1mmでもいいから遠ざかりたい気持ちであった。もう貧乏は十分だ。

 

このタイミングで京都に帰った。ほぼホームレスみたいな状態だったが、未来に希望があるのは幸せだった。コロナで株が大暴落していたので積立NISAを開始した。ビジネスと資産形成について調べまくった。革命で資本主義を打倒するのではなく、うまく制度を活用しながら賢く立ち回ろうと思った。

 

それから復学した。授業を週23コマ入れて、就活とか勉強会のイベントを週10ほど入れて、さらにバイトの夜勤を週2で入れていた。働けば働くほど貧乏から遠ざかっていくのが快感であった。お金がないせいで、未成年なせいで、高校生なせいでやりたいことが何もできなかった10代に比べれば、自由時間が週に2時間しかないなんて贅沢な話であった。

 

そんな生活を1年ちょっと過ごし、なんとか壮絶な戦いを制して卒業することができた。感情としては、もはや余生であった。生まれてからこのかたお金を払って勉強する身分だったわけで、そこに納得できていなかったわけで、ようやく働けるのかと思うとせいせいした。しかも会社員として毎月給料をもらう生活である。貧乏どころか死からも遠ざかることができる。なんて快適なんだ。

 

悟りの境地

そんなこんなで、今残っているのは100万円ほどの物欲である。これは主に歯列矯正トライアスロン(≒ロードバイク)の費用であるが、こんなの半年もあれば稼げてしまう。

 

正直、10年以上におよぶ極貧生活がほんの2年程度で終わり、これから先の人生でお金に苦労することはないのかなと思う。なにせ僕は年間80万円もあれば日本の物価で幸せに暮らせてしまうし、そもそも日本で生活するつもりがない。

 

もし仮に10代の10年間で国から毎年100万円が配られていたら、僕は日本に残る気になったかもしれない。僕が普通に生活していたら生涯の税収は1億円くらいあるだろう。1000万円払っただけで1億円の税収になるなんて、10倍のリターンが確実に見込めるのはいい投資なはずなんだが、そんな正常な判断ができる人はそもそも政治家にならない。うん、やっぱり日本はオワコン。

 

もう1つ仮定をしてみて、今から数年で1億円とか2億円とかをポンと稼いだとしたらどうだろう。いや、これにしたところで染み付いてしまった金銭感覚や価値観は変わらない。1万円の出費にはこれからも1万円分の痛みを感じるだろう。例えばマイホームとかブランド品にはまったく興味がない(転売目的を除いて)し、自動販売機でジュースは買わないし、夜にコンビニに行くくらいなら昼にスーパーに行くし、お酒やラーメンは今後一切口にしなくて構わない。筋トレと美容と勉強にはお金を使うだろうけど、しょせん数百万円である。たいしたことない。

 

そうね、これから先の稼ぎは友人や後輩のために使っていこう。

というか稼ぐのもほどほどにして、親しい人たちとの時間を優先していこうと思う。

僕がイスラム教徒になろうと思った理由

僕は普通の日本人家庭、すなわち仏教と神道キリスト教を必要に応じて使い分ける環境で育った。そんな僕だが、20歳から30歳までの10年間を移行期間として最終的にイスラム教に入信しようと思っている。なぜイスラム教なのか、そもそもイスラム教とは何なのか、この記事ではそのあたりを整理してみた。

 

1,アザーンが好き

日本人でイスラム教徒になる人には大きく分けて2種類いる。

バックパッカーとしてイスラム圏に渡航したことがあり、現地の人々や文化に感化されたから」という人、それから「宗教や文化の研究をしていて、実際に自分がイスラム教徒になった方が理解が深まるから」という人。

僕は特殊な人間なので両方とも当てはまるんだが、ここではまず前者について述べよう。

 

イスラム教では毎日5回の礼拝があるが、その礼拝を呼びかける章句というか音声を「アザーン/Adhan」という。これはモスクのミナレット(尖塔)のスピーカーから大音量で町中に響き渡るもので、イスラム教徒じゃなくてもつい立ち止まって聞き入ってしまう。こればっかりは現地に行って聞いてもらわないと気持ちが分からないだろうけど、とにかく惚れる。

 

特に印象的だったのはカシミールの湖で聞いたアザーン。夕暮れの時間にこんな景色を眺めているとマグリブ(日没)のお祈りを知らせるアザーンが聞こえてきて、ごく自然な感情としてイスラム教徒になろうと思った。

 

YouTubeで音源を探してみたらいくつか見つかったが、やはり音源なので音質がキレイである。実際は音割れしていたり、建物で反響したり、雑踏の音に混じって聞こえてくるし、それから国や宗派によっても章句や音階に違いが見られる。

www.youtube.com

具体的に何を言っているかといえば「アッラーのほかに神はいない」「礼拝に来たれ」といったことだが、意味を知るのはあとからでいい。響きが最高。それだけで入信する理由として十分である。

 

2,宗教として最も論理的整合性が取れている

僕は宗教を専攻していたわけではないので、キリスト教ユダヤ教ヒンドゥー教や仏教の教義にそこまで詳しくない。だけど何冊か本を読む限り、キリスト教の三位一体ってなんだ?聖書には科学では説明できない奇跡のエピソードが出てくるけど、これも信じないといけないのか?ヒンドゥー教はつまりカーストを肯定してるんだな?輪廻転生とか面倒じゃね?と思ってしまった。

 

その点、イスラム教は極めてシンプルである。

アッラーのほかに神はなく、ムハンマドアッラー使徒である。アッラーが決めることは絶対であり、アッラー対人間という構図のなかで人間は平等である。日々の生活のあらゆることはアッラーに従い、死後のこともアッラーに従い、よく分からないこともアッラーがよきように計らってくれる。悪いことが起きてもアッラーが決めたことだから仕方ないし、幸せなときもアッラーのおかげである。

理論的根拠がすべてアッラーに一元化されていて、シンプルなゆえに論理が頑強である。

 

まぁ繰り返しになるが、僕はあまり宗教とか論理とかに詳しくないので、さらに学びたい方は中田考さんの書籍を読んでみてもらいたい。これとかは僕も難しくてなかなか読み進めるのが大変だったが。。。

 

3,神の存在を証明することはできないが、神を信じる人々は存在する

ここまで何度もアッラーの名前を出してきたが、アッラーの存在を証明することはできない。まぁそれでいうとアッラーの「不在」を証明することもできないんだけど、僕にとってはどっちでもよい。なぜなら僕にとって宗教とは「実在を伴う虚構」であり、神とは「仮想包括的な論理」だから。

最後の審判なんて僕にはよく分からない。コーランも日本語訳とかアラビア語の原本とかをちょっとずつ読んではいるが、正直さっぱりである。でも確かに言えることは、「最後の審判を信じて行動している人たちがいる」「コーランハディースに従って生活している人たちがいる」ということ。宗教を論じるうえで、個人的には教義とか経典とかにはあまり興味がない。イスラム教におけるそれらの正しさや優位性を証明し、まして布教まで行うのは僕の役目ではない。もっと興味があるのは、宗教を信じる人間たち、彼らの心理である。彼らの心理というと分析が難しいから、「僕らの心理」「僕らの行動原則」ということにした。

それから神の論理的包括性。すでに述べたが、イスラム教において理論的根拠はすべてアッラーに一元化されており、世界観の説明は極めてシンプルである。人類における二大虚構として「宗教」と「科学」を挙げるとするならば、科学が宗教を訂正することもあれば、科学が説明しきれない部分を宗教が補完することもある。便利というと語弊があるが、「神は完璧である」じゃなくて「完璧な存在を仮定して、それを神と定義した」というあたりに宗教の強さを感じる。

 

4,現行の資本主義経済を補完するザカート・サダカの可能性

最後に、僕は大学で経済を勉強していたのでその観点からイスラム教について述べよう。そもそも僕は資本主義的な反資本主義の立場というか、資本主義経済に疑義を抱きながらも、暴力革命でもなく、隠遁するでもなく、ルールに則って平和的にルールを破壊していきたいと考えている。その現実的な最適解を考えてみると、やはりイスラム教のザカート(制度喜捨)やサダカ(自由喜捨)、もっと広義にいうとほかの宗教のチャリティや功徳がそうなのではないかと思う。

制度喜捨や自由喜捨といってもピンとこないだろうが、簡単にいうと前者は税金(貧しい者は免除される)、後者は寄付である。

税金というのはほとんどの国で導入されている制度だが、どうしても不平等感や不公平感がつきまとう。人より多く稼いでいるからといって税金を多く納めるのは本当に正しいのか?と思うし、その一方で必要な人に満足に配分されていないだろとも思う。これは国家が税制や社会保障を勝手に決めているのが原因である。

その一方で宗教における富の再配分は国家の税制と根本的に異なる構造をしている。その最大の違いは「死後に報われる」という実在を伴う虚構である。

税金であれば「俺は人より多く納税しているから偉いんだぞ!」「勝手に国家に徴収されて、その上ドブに捨てるような使い方をされてとんでもない!」みたいな主張が通るかもしれないが、喜捨であれば「俺はこれだけ施しをしているから天国に行けるだろう」「自分がもっとも解決すべきだと思う問題に支払う」なんてことが可能になる。「天国」という国家がコストを負担しないベネフィットのおかげで社会保障が成立し、さらにそれは個人単位(ここでいう個人とは社会的・経済的にインパクトのある起業家を指す)でのきめ細かな判断に基づいた意思決定となる。

うーん、あまりうまく説明できないけど、つまり宗教が経済学的に優れているところは「勝手にみんな自己満足で社会にとって有益なことをしてくれる」みたいな感じ。

 

5,まとめ

体感として、ある閾値以上の貧乏生活や臨死体験を経た知識層は何かしらの超個人的・形而上学的スキームに傾倒する傾向があるように思う。そして僕の場合のそれが暴力革命やカルトじゃなかったのは僥倖である。

【注意喚起】メルカリでバイクを個人間売買したら裁判一歩手前まで揉めた話

大学を卒業するにあたって、それまで乗っていた250ccのバイクをメルカリで売ることにした。ショップでも見積もりをしてみたが、かなり手数料が取られるようなので個人間売買をすることにした。もともと僕も先輩から引き取ったものであり、スムーズに手続きができるだろうと高をくくっていたが、その後に待ち構えている泥沼を知っていたら絶対にやめていただろう。

 

1,概要

まず概要を説明しよう。

・250ccのバイクをメルカリで19万円にて販売した。購入者は東京在住の人で、ちょうど用事もあったので(購入者の同意のもと)自走して届けることにした。必要書類も渡した。

・メルカリ上の決済は完了したが、その後「バッテリーが上がった」との連絡。それまで普通に走れていたと説明するも、次第に攻撃的なメッセージを送ってくるように。

・「路駐して指紋拭き取るぞ」「お前の名義のままスピード違反するぞ」「お前の住所まで行って待ち伏せするぞ」などのメッセージが来たので警察に相談するが、民事不介入との回答。

・バッテリーの交換費用とレッカー代を一部返金することで合意。

・弁護士に相談しながら説得を続け、最後は無事に名義変更をしてもらった。

 

取引完了から数ヶ月が経過していることもあり、今さら当時のエピソードを掘り返す気はない。ただメルカリやヤフオクで検索してみると今でも車やバイクを売っている人が結構いるし、調べてみると名義変更のトラブルも少なくないらしい。ほかの人に僕みたいな経験はしてほしくないので、あまり気は乗らないが注意喚起と再発防止策を記しておこう。

 

2,注意喚起

ネット上には予想以上にさまざまな人がいる。それはメルカリのユーザーにしてもそうで、体感でいうと99%くらいは普通だが、1%くらいは普通じゃない。

いったん当時のやり取りの一部を見てもらおう。

 

<バッテリーが弱っているとの連絡が来たとき>

<いったん保険会社を呼んでジャッキアップするも解決せず、バッテリー交換費用とレッカー代を立て替えてもらって一部返金で対応>

 

<この返金によりメルカリ上のメッセージ欄が閉鎖され、音信不通に>

 

<最後のメッセージによるとバッテリー交換で問題なく走れるようになったとのことなので、期日までに名義変更してくれるだろうと思った>

 

<その前後で攻撃的なメッセージが続いていたが、すべて記録を取っていたので警察に相談>

 

<期日を過ぎたので陸運局に行くと名義変更がされていないとのことで、弁護士に相談のうえ再度連絡。このまま名義が変更されなければ、内容証明ののち簡易裁判という流れに>

<ハンドルロックも修理しろとのことだったが、解決したよう>

<さらに期日になっても連絡がなかったため確認>

<翌日にまた攻撃的なメッセージが来たが、どういうわけか最後は決着がついた>

<もっと激しめなメッセージもありましたが割愛しました>

3,再発防止策

単純なことですが、車やバイクの個人間売買はやめましょう。友人や親戚どうしの取引ですら揉めるようです。見ず知らずの人に売るのはかなりリスキーな行為だと心得ましょう。たかが数万円に目がくらむと、あとで事故や裁判に発展したときに数十万円が吹き飛びます。おとなしくショップに買い取ってもらいましょう。

 

それでも売りたい方は「現車確認→契約成立→廃車手続き→お金と引き換えに書類一式を渡す」という流れを踏みましょう。きちんと廃車した状態で引き渡すこと、法的責任と現車をセットで渡すことが大事です。これで交渉が決裂しても振り出しに戻るだけですみます。

 

すでに売ってしまって、なんなら代金も受け取っていて、購入者が名義変更をしてくれなくて音信不通になってしまった人もいるかもしれません。

 

代金を受け取っている場合、盗難届や紛失届を出すことは「犯罪」となります。代金を受け取っていたら契約が成立しており、車体の所有権は移っています。このアドバイスが知恵袋でけっこう見つかりましたが、あなたが裁かれることになるので絶対にやめましょう。

 

車など車検証がある場合、弁護士会を通じて名義を照会したり、職権抹消をすることも可能なようです。まずは弁護士、陸運局、警察に相談してみましょう。

 

250ccなど車検証がない場合、実はできることはかなり限られてきます。理想は交渉によって名義変更してもらうことですが、最悪のパターンだと「簡易裁判」となるようです。怖いのは旧名義のままで事故を起こされて、賠償責任が旧所有者のもとに来ることですが、さすがに裁判までやって名義変更を迫っていれば大丈夫だろう、とのことです。

 

それから軽自動車税を止めるためには、新しい届出済証のスキャンデータや写真が必要になります。それをゲットするまで粘り強く交渉しましょう。

 

またメルカリでの取引なのである程度は事務局の方も対応してくれます。しかしメルカリ外の電話やLineで連絡を取っていると、そこは関知してくれません。かならず取引メッセージを使いましょう。最悪それができない場合でも、証拠が残るように文章でやり取りしましょう。それからこちらの取引ガイドも参考になります。

メルカリ車体取引ガイド - メルカリ スマホでかんたん フリマアプリ

 

最後に、現在進行形で揉めている人にひとこと。かなりメンタルが削られると思うので、まずは友人か家族に相談しよう。かなり気が楽になるよ。

 

AmazonKDPで自己出版をする手順とトラブルシューティング

かなり前になりますが、AmazonのKDP(Kindle Direct Publishing)で世界一周の旅行記を出版しました。

wonderfulsolution.hatenablog.com

 

今回、誤字脱字を修正した改訂版を出すにあたって「あれ、当時どうやってたっけ?」みたいになったのでこの記事にまとめていくことにしました。

KDPって英語で出版するのが前提だから日本語版だといろいろ勝手が違うんですよね。いちおう公式サイトで英語のマニュアルも閲覧できるんですが、これがまた分かりにくい。

 

まず大まかな流れからみていきましょう。

 

1,KDPのアカウントを作成してログイン

Self Publishing | Amazon Kindle Direct Publishing

Amazonの買い物用アカウントでログインできると思います。

2,原稿と表紙を用意

Wordなどで原稿を執筆してPDFに印刷。それから表紙の画像も用意します。実際に原稿を書くのもそうですが、フォーマットを確認したりPDFに印刷するのもかなり大変です。表紙についてはプロに外注したほうがいいといわれますが、僕はパワポで自作しました。

3,Bookshelf(本棚)で本を出版

僕はebookとpaperbackの両方を出しました。特にpaperbackはエラーが出まくりますが、粘り強く解決していきましょう。

4,販促

自分のSNSで広告を打ったり、eBookの無料キャンペーンを打ったりしましょう。僕の旅行記は毎月1日に無料にしています。

 

 

特に分かりにくいのは2原稿と表紙と3Bookshelfでの出版方法だと思うので、以下で詳しく説明していきます。

 

原稿用紙

自分で余白を設定してもいいのですが、公式のテンプレートを使ったほうがラクでしょう。日本語版は縦書きにも横書きにも対応しています。

Paperback and Hardcover Manuscript Templates

ここでpaperbackのサイズを決めることになります。僕は最終的に6x9インチにしましたが、これは高校の教科書とか青チャートより数ミリ大きいくらいです。残念ながらいわゆる文庫本サイズには対応していません。

原稿用紙のサイズはそれより小さくします。僕は横書きの5.98x8.58インチの用紙を選択しました。最終的にA5サイズ(148×210mm/5.83×8.27インチ)でprint to fileをしたあと、後述するPDFのサイズ変更ツールで6x9インチに拡大します。

日本語はブランク(白紙)のテンプレートしかないよ、っていう注意書きがあります。

原稿の書き方

目次と各章のタイトルにハイパーリンクの設定をすることでeBook版ですぐに飛べるようにできるそうです。ただ設定が複雑だったので僕はやりませんでした。挑戦したい方はこちらを参考にしてみてください。

Navigation Guidelines

またeBook版では読者が自由に文字サイズとか画面サイズを変えられるので「ページ」という概念がありません。いったんページ番号のない原稿を用意してeBook版を出版し、次にページ番号を付した原稿でpaperbackを出版するといいでしょう。

一冊の分量については紙質によって違いますが、最低24ページ、最大828ページと、かなり幅広く対応しています。僕の場合は約16万字で248ページになりました。

Paperback Submission Guidelines

表紙

以下でも説明しますが、表紙には細かい規定がいくつかあります。まず提出ファイルはPDFのみで、最大650MB、推奨40MBまでとなっています。

Create a Paperback Cover

サイズはここで計算してみましょう。背表紙にタイトルを書くためには最低79ページが必要とのことです。

KDP Cover Calculator

さらにタイトル、筆者名、バーコードの明記が必要とのことです。バーコードについてはKDPにアップロードするとき自動で生成してくれるので心配いりません。

 

この表紙の作成を英語版だったら半自動でやってくれるっぽいんですが、日本語には対応していないんですよね… 僕はPowerPointでつくりました。print to fileを選択し、ファイル名の拡張子を.pdfにしましょう。それから誰も突っ込んでくれないんですが、手のイラストも僕が描きました。

Cover Creator

KDP Bookshelfの設定 Paperback Details

原稿も表紙もできたらあと一歩、と言いたいところですが、最後のアップロードの設定がなかなか泥沼です。

まず言語、タイトル、著者などの基本情報を入力します。このとき「シリーズ」を追加すると最後に価格の設定画面でエラーが出てしまいます。価格は適正なはずなのに、なぜかエラーが出てしまうときはこれが原因かも。

紹介文とキーワードについては僕も研究中です。「読みたい!」「買いたい!」と思ってもらえるよう頑張りましょう。save and continueを押して次に進みます。

KDP Bookshelfの設定 Paperback Content

KDP ISBNを発行してもらいましょう。

紙とインクの設定は人によりますが、僕はBlack & White interior with cream paper、6x9 in、No Bleed、CoverはGlossy、ページの方向は横書きなのでLeft to Rightを選択しました。

Bleedというのは「出血」が語源ですが、ページのキワキワまで写真を入れたいときはBleedを選択しましょう。僕はすべて内側に収めているので(そもそも写真がほぼないので)No Bleedにしました。

そして原稿と表紙のファイルをアップロードします。

 

ここでエラーが起きた場合、

・PDFにしていない。

・サイズが合っていない。

・PDFに印刷したときフチが白くなってしまっている。

・PDFエディターの透かしが入っている。

などが考えられます。アップロードしてから半日~1日して

「Attention needed: Please review your title, ヤマダイスキーの旅日記」

みたいなメールが来たらエラーが発生しています。

 

主に表紙サイズの解決方法としては、

PowerPointのスライドサイズをA4にする。

・"Print to File"にチェックを入れて、A4でPDFに印刷する。

※プレビューでフチが白くなっていないことを確認。

・以下のサイトなどでサイズをA4から規定のサイズに変更する。縮尺を保持(Constrain proportions when scaling)のチェックを外す、コンテンツは中央寄せにする。

Resize, scale PDF files online for free.

でうまくいきました。

KDP Bookshelfの設定 Paperback Rights and Pricing

最後に値段設定をします。メインの市場はAmazon.co.jpにしました。

KDPの特徴として、販売価格の60%が筆者のロイヤリティとなり、そこから印刷コストを差し引く構造になっています。なおAmazon.co.jpは日本法人なので消費税がかかりますが、徴収や清算はすべてAmazon.co.jpがやってくれます。

僕の場合、売価が1120円、消費税が10%、ロイヤリティが672円、印刷コストが671円ということで、1冊売れるごとに1円が手元に入ってくる値段設定にしています。(※執筆時点)

これが電子書籍だと500円のうち70%がそのまま入ってくるので、僕としてはそっちのほうが嬉しかったりします。

 

 

以上、長々と説明してきましたが、これでもカバーしてきれていません。分からないことがあればコメントに書いてください。可能な限り回答しようと思います。

無事に「Your paperback book is available in the Amazon store!」みたいなメールが来たら出版完了です。お疲れさまでした。

大学生のうちにやっておくべきこと その5

大学生のうちにやっておくべきことシリーズとして、まず「絶対に」やっておくべきことを解説してきた。ここからは「できるだけ」やっておくべきこと、すなわち社会人になってから挽回することも可能だけど、大学生までに済ませておくと人生が変わることについて書いていく。具体的にリストアップすると、勉強、オシャレ、価値観の確立、人脈、プチ起業、この5つ。

 

まず勉強。これはほかの人もけっこう言っているが、時間があるうちに精一杯勉強しておいたほうがいい。なにも学歴フィルターで有利になるとか、資格を取っておくと昇格要件を満たせるとか、英語やプログラミングができると仕事の幅が広がるとか、そんなちんけなな話ではない。まぁそれはそれで一理あるのかもしれないが、勉強で大事なのは「本質をとらえる力」「情報を整理して分析する力」「自分で掲げた目標に向かってモチベを保ちつつ挑む力」「まったく新しい分野を体系的に学ぶ力」とかそういったこと。

 

正直いくら社会人は時間がないからといって、実務で必要なことを勉強するくらいの時間はある。というかオフィスアワーで実際に仕事をしながらスキルアップできる。それより大事なのは、学び方を学ぶというか、論理的思考力を鍛えるというか、WhatよりHow toの側面。そしてこれを習得する方法として、勉強以外にはあまり思いつかない。

 

実際に何を勉強するべきかについては、その人のやりたい分野でいいと思う。個人的なオススメは英語と簿記とPythonだけど、さらに個人的な話をすると、不合格だったとはいえ気象予報士試験の勉強をしたことは役に立ったし、かじる程度とはいえフランス語や文化人類学ユダヤ教について勉強したのはとても良かった。なお大学には一般教養科目とかいうのがあって「専門以外にもいろいろ教養を深めてね」なんて趣旨らしいが、僕は好きではない。単位が絡むとどうしても学問が不純になる。自分がやりたい分野を自分で探求したい。

 

勉強についての話が長くなってしまったが、次は短くまとめよう。ファッション。これについて僕に語る資格はあるまい。だけど髪のセットの仕方とか、染めてみるとか、ヒゲ脱毛とか美容とか、それから洋服や靴やバッグの選び方に至るまで、大学生のうちにいろいろ試しておくべきだと思う。社会人になったらビジネスカジュアルとかフォーマルとか、脱個性的な服装が求められるが、それでもある程度センスを磨いておかないと厳しいものがある。京大生の苦手分野な気がするが、「できるだけ」やっておくとよい。

 

次の2つもまとめて説明しよう。「価値観の確立」とは、自分が何をしているときに幸せを感じて、月に何万円あれば文化的な最低限の生活ができて、仕事を選ぶうえで何を最優先の条件とするのか、その他もろもろ人生についての指針を決めること。その判断をする上で欠かせないのが、さまざまな人に会っておくこと。つまり「人脈」である。

 

僕でいうと、自分が健康(適度な睡眠、食事、運動)であり、仲間(友人、家族、同僚、同志)と日常的に体験を共有することができれば幸せ。キルギスやトルコに移住するつもりなので、月に10万円もあれば文化的で高水準な生活ができる。仕事を選ぶ際の優先順位は、若いうちは資産形成とスキルアップのために高年収・多忙な仕事、次に自分くらいしか飛び込まないような危険地域でのオペレーション、それらと並行して自分の会社を立ち上げる、最後はそれらの経験の再生産として若者の支援とか作品作りとかをする。もっと詳細に決めてはいるが、とにかく自分の人生である、自分で納得がいくまで考え抜いて設計するべし。

 

そのために必要なのが人脈。ちょっとワードチョイスが微妙だが、つまり自分と同質な人ばかりに会ってはいけない。大学の同期というものは、同程度の学力、同程度の家庭環境、たいてい同じ国籍(日本人)、同程度の知識と人生経験、普段の生活スタイルや生活圏もほぼ同じ、そんな人たちである。一緒に遊ぶにはこれ以上ないほど好条件だが、しかし人生を設計するための検討材料としては物足りない。ここで僕の持論を一つ。

「異質な人々が接触するためには、恵まれた人間がまず行動しなければいけない」

例えば日本人とインド人はかなり異質である。日本人とインド人が接触するためには、相対的にお金持ちの日本人がインドを訪れるほうが、逆にインド人が日本に来るより圧倒的に容易である。これは京大生と西成のホームレス、若者とおじいちゃん、健常者と障碍者、などの比較でも同様である。あなたがいくら貧乏学生であったとしても、さらに貧しい人々がいる。あなたは行動しようと思えば今すぐ別ブラウザを開いて列車や飛行機のチケットが買えるだろうが、世の中にはPCを持っていない人がかなりいて、列車や飛行機のチケットなんて窓口に行かないと買えないという人も実は少なくない。

 

異質な世界に飛び込み、いろんな人生のケーススタディーを見聞きして、それから人生を設計すること。これは大学生のうちにできるだけやっておくべき。

 

そして最後にプチ起業のすすめ。これは特に「お金を稼ぐ=誰かに雇われる」という固定概念にとらわれている大学生がやるべき。時間の切り売りではなく、価値を売る経験をするべき。アルバイトで3時間3,000円を稼ぐより、100円のnoteを3人に売ったほうが価値があるように思う。いや、もちろん金銭的価値でいうと前者のほうが大きいんだけど、大学生のうちにやっておくべきこととしては後者。まぁ僕だったら両方を合体させて、やばそうなアルバイトに潜入してみてnoteで体験談を書いて売りさばくかもな。

 

とにかく絶対に「お金が欲しい。よし、バイトしよう」「大学を卒業した。よし、就職しよう」なんて短絡的に考えてはいけない。もっと選択肢は無数にあるし、それらを吟味したうえで判断するべきである。

 

最初の記事

wonderfulsolution.hatenablog.com

 

大学生のうちにやっておくべきこと その4

突然だが、皆さんは普段どのように自己紹介をしているだろうか。

「初めまして、山田といいます。出身は札幌で、今は京大農学部の6回生です」

大学生のうちはこんな自己紹介でも許されるかもしれないが、しかし大学を卒業するとこれではいけない。大学を会社に変えるということではない。所属を名乗ることは厳密にいうと自己紹介ではない、ということである。大学にしろ会社にしろ、所属集団がそのまま自分の属性なんてことにはならない。

 

つまり自己紹介で大事なのは、最低限の情報を伝えたうえで、自分がどのような人間で、普段は何をしていて、この場で何を話したいかを明確にすること。例えば

「初めまして、山田といいます。札幌の山の近くで育ちまして、高校からずっと山に登っています。今日もこのフロアまでエレベーターではなく階段で登ってきました」

状況にもよるが、こんなのが理想。

 

すでに述べた「集団名を自分の属性にしない」こと以外にもいくつかポイントがある。

 

まずは自分にタグ付けをすること。今回の場合は「山」だったが、「海外」でも、「農業」でもいい。とにかく「オッケー、この人はこれが好きなのね」と紐づけさせる必要がある。複数人が自己紹介するときは特にこれが大事で、皆さんも経験があると思うが、初対面で一人ひとりの顔と名前を一致させるのはかなり大変である。

本当は最近山に登っていないし、登山よりトライアスロンの方に興味がシフトしてきているし、育ちは札幌だけど京都とか大阪とかにも住んでいた。そういった細々とした情報はあとの会話で追加していけばいい。とにかく自分のキャラを決めること。自己紹介の次の第一歩を相手にスムーズに踏ませること。

 

それからこれも状況によるが、ちょっとした笑いというか、「なんじゃそりゃ」という情報もけっこう大事。

「名前は山田です。出身は札幌です。趣味は登山です」

こういう言い方だと、ただの情報の羅列になってしまう。それが5人も10人も続くともはや神経衰弱。山田さんっだっけ?山本さんだっけ?田中さんだっけ?みたいになる。

 

と、ここまでは理解いただけただろう。

しかしここで最大の難関が立ちはだかっている人もいるに違いない。

そう、自分をタグ付けできない人。趣味がない人。「自分はこれだ!」と言い切れない人。

 

そんなの適当でいいんだよ、というか趣味がないなんてどんな人生なんだ?とも思うが、実はこの悩みを持っている人がけっこういることに最近気づいた。それから趣味があるにはあるが、映画とか読書とか旅行とか、「ありきたりでパッとしないんですよ」という人も多い。そんな人にささやかながら趣味を提案してみようと思う。

 

・勉強(語学、小説)

・スポーツ(サイクリング、ボルダリング)

・料理

 

まぁそんなの自分の好きなものにしたら?以上の感想はないんだが、せっかく新しい趣味にするならいくつか条件がある。まずはコスト節約型で時間消費型のもの。逆にショッピングとか、課金が必須のソシャゲとか、お金がいくらあっても足りない趣味は危険。お金はあまりかからないが、時間がいくらあっても足りないのが理想。

 

そして本業や人生に役に立つこと。単純な話だが、勉強ならスキルが、スポーツなら体力が身につく。特に勉強って学校でやっていたときは嫌々だったかもしれないが、趣味として捉えるとかなり優秀である。だって参考書なんて古本屋で数百円で売っているし、なんなら図書館で借りれるし、語学なんて突き詰めれば際限がないし、どんな科目でも好きなものを選べるんだから最高ではないか。

 

「そうは言っても何から手を付ければいいか分からない」なんて声もよく聞く。いやいや、何を言っているんだ?未知の領域を開拓しようとしていて、いきなり最適解が分かるとでも?とりあえず近くの図書館に行って何冊か立ち読みしてみれば?とりあえず一週間がむしゃらに勉強してみれば?進んでもいないのにもう進路変更ですか?

僕がこう言えるのは、間違いなく経験値の違いであろう。趣味が1つできた人は、2つ目も3つ目もすぐにできる気がする。

 

まとめると、勉強はコスパ最強の遊び。趣味をつくりたい人は図書館に行ってみよう。

 

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大学生のうちにやっておくべきこと その3

広島で用事があるので新幹線に乗っている。スーツで新幹線に乗ってPCをカタカタ鳴らすとかいう、大学生のときに「いつかやってみたかったこと」をやっているわけだが、意外と揺れるので打ちにくい。

さて、今回も1つの記事を30分で書ききっていく。復習がてらテーマ一覧を載せておくと、

・大学生のうちに「絶対」やっておくべきこと

スケジューリング、コミュニケーション、体力づくり、趣味

・大学生のうちに「できるだけ」やっておくべきこと

勉強、オシャレ、価値観の確立、人脈、プチ起業

・大学生のうちに「可能なら」やっておくべきこと

キラキラ系、旅、情報発信、資産形成

こんな感じ。今回はちょうど「体力」の重要性について。まぁ自分で言うのもなんだが、平日毎日働いたあと、土曜日は広島に行き、日曜日も実は休日出勤があって東京に戻るというあたり、自分はえげつないほど体力があると思う。この点は学生時代からこのブログを読んでくださっている方ならよくご理解いただけるだろう。

そして正直、体力というのは社会人だとかそうじゃないとかに限らず、あらゆる職業、あらゆる局面で大事なんじゃないかと思う。

よく就活で体育会系なんていう人種がもてはやされて、いやいや筋肉ゴリラに仕事なんてできるのか?なんて思う人も多いかもしれないが、こう言っておこう。

「体力があるからといって仕事ができるとは限らない。でも間違いなく、体力のないやつに大きな仕事はできない」

これは理論的にもたぶんそうだが帰納法的にもいえる。成功している経営者とか起業家とかを眺めていると、たいてい人並み以上のフィジカルな強さを持っている。病弱で青白い顔をしていてひょろひょろな人間と、筋肉モリモリで胸板も太もももパンプアップした人間と、与える印象が違うのはもちろん、なにより思考回路の強さが違う。

仕事を効率化して残業をしないのはもちろんだが、正念場のときに何時間でも集中力を切らさないこと。職場の近くに住んで通勤時間を節約するのはごもっともだが、とはいえ満員電車に詰め込まれたときにHPを削られない強靭さ。疲れた時でも食って寝ればきちんと回復し、出張先や海外でも元気ピンピンであること。これが求められる。いや、全員に求められるというよりは、体力があればあるほど社会人生活はラクになるし、チャンスもゲットしやすい。

 

じゃあ次に、そういった体力はどうやったら身に着くのか、という話になってくる。正直今の僕にこの答えはなくて、何かしら好きなスポーツをやりこんではどうか?としか言えない。もしかしたら生まれつきタフさの上限が決まっているのかもしれないし、語弊を恐れずに言うと、平均的に女性は男性より体力がない。このブログの名前からして「みんな山に登ろう!」とでも言えばいいのかもしれないが、どうなんだろう。この点については次の記事でもちょっと考察してみる。

それから実はフィジカルの筋力と同じくらい重要なのが、それまでの人生で最大の苦労が何だったのか、ということ。少年時代に貧乏だった人間にとっては「満員電車に詰め込まれる程度で貧乏を脱出できるのか?」「社員食堂で無料の昼食を食べれるのか?」という思考回路になる。逆に苦労せず大学を卒業してしまった人間にしてみれば「毎朝早起きして仕事に行かないといけないのかぁ」「授業みたいにサボれないのかぁ」という感情になる。

 

まとめると、若いときの苦労は買ってでもしろ。この一言に尽きる。

 

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