ヤマダ=イスキーの旅日記

イギリス留学、世界一周などをしていました。

旅を終わらせることにした。

世界一周を短縮して1年で終わらせることにした。


もともと1年半の予定だったけど、それを延長して1年9ヶ月にするのか、それとも今のタイミングならまだ1年の周回遅れで大学に合流できるからするか、という簡単にいうと「延長するか短縮するか」が判断のポイントだった。

 

結果として短縮を決定した理由は大きく以下の6つある。

 
・体調不良

特に病気やケガをしていて世界一周の継続が困難になったというものではない。だけど思い返してみると、留学が終わった18年7月から今に至るまでずっと体調が万全じゃない。なんというか、自分の体力や気力のキャパのうち60%までしか発揮できていない感覚というか、どこか常にエネルギー不足な状態である。具体的な症状もいくつかあるけど、まぁそれはここでは書かない。これが日本に住めば解消されるのかというとちょっと疑問なところだけど、ともあれそんな状況で世界一周を続けていても楽しめない。

 

・資金不足というか金銭感覚

体調不良の原因の1つはこれだと思う。もちろん1年半の世界一周の計画を立てた時点で資金繰りのメドが立っていたことはそうだけど、それは主に旅の終盤でイギリスやアメリカやオーストリアで働くことを想定していたからだった。すごく大まかな具体例でいうと、総出費は150万円くらい、総収入は100万円くらいを想定していた。


だけど1年半の旅を150万円で抑えるのはそれなりに大変だし、そもそも「出費を抑えなきゃ」という感覚は常に精神的な重荷になる。とりあえずここまでの旅程のペースでこのままいけば達成できそうなんだけど、いやこれって「達成」とかなのか?という思いがある。


そもそも就職すれば初年収500万円とかも狙えるのに、僕はなぜ今こんな額で苦労しているんだ?という思いがある。

 

・第2回世界一周の計画

だから、とりあえず今はさっさと卒業してさっさと就職して、活動資金を貯めてからまた2回目の世界一周を始めればいいかなと思うに至った。それが10年後なのか30年後なのかは分からないけど、やっぱ2回目をやりたい。


第2回では今回の反省を活かすというか、今回の旅をグレードアップしようと思う。例えば移動手段をバイクにするとか、都市を線でつなぐだけではなく国全体を面でまわるようにするとか、中国語以外にも言語を習得するとか、渡航困難な国・地域にも独自のコネと情報網で入り込むとか、そういうこと。


ルートや日程は今考えても仕方がないので考えない。だけど中近東とか中米とかがメインかなぁ。ポルトガルからシンガポールまでバイクで走破っていうのもいいと思う。やってる人けっこういるけど。


あとついでに、もう「一周」にこだわらなくていいんじゃないかなと思う。日本語として「世界一周」という使い勝手のいい単語があるために「太平洋と大西洋を同一方向に横断して一周」という概念がつきまとうけど、例えば英語の”travel around the world”の”around”には別に球体をぐるりと一周するだけじゃなくて「グルグル動き回る」というニュアンスがある。行きたいところに行けばそれでいいと思う。

 

・延長した場合に起きていたこと

なんで延長しないか、ということについてもうちょっと書き足す。


そもそも日本は物価がえげつなく高い。京都で大学生をしていたら学費と家賃だけで年100万円が飛んでいく。それだけあれば実際に世界一周できてしまう。


もし1年半で帰国したら研究室配属のため残りの半年間を日本で過ごさないといけない。いや1年半で復学してもいいんだけど、それだと半期分の学費が加算されてしまう。意外と単位には苦労していないから、在籍期間を延ばさなくても卒業できる。


だったらその半年間を海外でワーホリでもして過ごせばいいかな、というのが延長案のポイントだったけど、ワーホリするよりも就職したほうが稼ぎがいい。それに僕にとってワーホリはそこまで「経験」にはならない。だからいいやと思った。

 

・やっぱり国連職員になりたいな、と思った

これがどうして短縮案の理由になるのか分からない人も多いかもしれない。


そもそも国連職員になるには「修士号」「2年以上の関連する職務経験」が必要とされる。
実際に応募する方法にはいくつかあるけど、そのなかで一番倍率が低いのがJPO試験という日本人のみを対象とした採用枠である。このJPOには「32歳以下」という応募基準がある。何年か働いて、大学院に行って、受かるまで何年か応募して、というのを32歳までに終わらせるためには、それまで1年もムダにしたくない。イギリスの大学院にいけば1年で修士が取れるけど留学中にそばで修士課程の友人たちを見ていて「あぁ大変そうだな、これならアメリカで2年かけて取った方がよさそう」と思ったのもある。

 

で、そもそもなんでやっぱり国連職員になりたいと思ったかという質問に戻る。
もともと高校生のときからなりたいなとは思っていたけど、今回北朝鮮やイランに渡航してみて、あぁやっぱりこういう場所で働いてみたいなと思ったというのが率直な気持ち。アフガニスタンとかベネズエラとか南スーダンとか、企業に勤めていたらそんなところに赴任することはあまりないだろう。そこで活動しているNGOも多いけど、それはまた国連の次に行けばいいかもと思う。


なんというか、自分にしかできない仕事がしたい。それはつまり「情報収集・状況分析能力」「多言語での交渉能力」「専門的な国際政治に関する知識」などが求められる仕事。国連はそうじゃないかと思う。


だけど働いている人の話を聞くと、ずいぶん官僚チックな組織だとか、国際関係がスタッフの人間関係に反映されるとか、あれこれ闇も深いようなのでこれを一生の仕事にすることはないかなと思う。いやそもそも1回の人生なんだからいろんな仕事をやってみたほうが良くない?というのが僕の考え。

 

国連って入ろうと思ってもすぐに入れるものじゃないし、修士号を取ってからJPOで採用されるまでとか、JPO職員から正規職員になるまでとか、そういうギャップ期間でさっきの2回目の長旅をぶち込もうかと思う。

 

・今回の旅に満足した

旅とは自由なものである。


誰のために旅をしているわけでもないし、自分が行きたいところに行き、もういいかなと思ったらやめればいい。また行きたくなったらまた行けばいい。やってみないと分からないことなんて山ほどあるから、最初に立てた計画なんて変更するのが当たり前である。

 

僕は旅が好きだなと思う。じゃなかったら1年どころか3ヶ月も続かない。


実際、ウズベキスタンシンガポール人に会ったけど「旅を初めて3ヶ月、もうしんどくなったから帰る」みたいなことを言っていた。旅には向き不向きなんてないと思うけど、情熱がないと続くものではない。

 

そもそもこの旅のメインは「ユーラシア横断」というか、もっと言うと僕はアジア大好き人間だからアジアをとにかく巡ろうというのが趣旨だった。結果としてそれはちゃんと達成できたし、これ以降で予定していた南北アメリカオセアニアは単なるおまけに過ぎない。おまけに半年も使うのはもったいない。

 

なんというか、次があるから今回はこの程度で終わらせておくか、という気分になった。

 

このあとはとりあえずヨーロッパを自転車で2ヶ月かけて横断して、イギリスで旧友に会って、そこから北米に飛んでアメリカ入国チャレンジをして、10月に復学しようと思う。