ヤマダイスキーの旅日記

アウトドア全般、トライアスロン、海外移住、言語、資格試験、ウェブ開発などの話をします

25歳の抱負

25歳になった。

ようやくアラサーである。

世間一般の男性は「イヤだなー」みたいに思うようだが、僕としてはなかなか嬉しい。ようやく年齢制限がなくなって、ようやく自分の裁量で仕事ができるようになって、ようやく自分の事業を興せるようになった。ようやく人生が始まった、と言っても過言ではない。

 

22歳で借金の恐怖から解放された。

23歳で一般社会に合流した。

24歳で給料をもらえるようになった。

25歳は自分の事業でお金を稼ぐ。

 

詳しくはいろんなコンプラがあるので書けないが、ここ半年の間に水面下でゆっくり着実に動いていた。金額でいうとしょぼいかもしれないし、なんだかんだ跳ねない可能性のほうが大きい。時給換算するともはや農業みたいな額である。会社が副業禁止にしているだけじゃなく、コアになるチームが組めていないし、投下資金が少ないし、コロナと円安のダブルパンチはしっかり受けたし、それからシンプルに僕の努力が全然足りていない。ハングリー精神がなくなったというより、ハングリーだった期間が長すぎてメシを食えるようになっても力が出てこない。

だけど大丈夫。僕は日本の物価で月10万円もあれば幸せに暮らせる人間であることが分かった。つまり生活保護の受給額で十分。まあ会社員はなにかと楽しいので続けるが。

それからなにより日本じゃないと生活できないわけじゃない。むしろ発展途上国のほうが楽しく暮らせる。いざとなったらインドへの片道チケットを取るだけ。

短期の業務はスピーディーに、長期の計画はのんびりとやっていく。焦らず倦まず。

 

 

一昨日ぐらいにもっと構成を練ってたはずなんだけど、メモ取ってないから忘れてしまった。これまでの旅とこれからの旅の性質が変わるって話で、少しずつこれからの旅の構想が見えてきたってことだったはず。未知の領域に挑戦するのが旅であって、なにも海外に行く必要はない、っていうのが結論だった。もっと詳しく思い出したら追記します。

 

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ちょっと思い出したので追記します。まだ模索している途中です。

 

日常というものを時間的かつ空間的な連続性、非日常をそんな日常性の破綻と定義する。大学生のときの世界一周とは非日常を連続的に行うことで日常化してしまうものであって、それは逆説的に日常を非日常化し、なおかつ資金を流出させる行為であった。社会人としての海外移住とは日本での日常を海外に敷衍するというより、日常という概念から空間性を分離することで国境を超える行為である。日常のなかに非日常の成分を包含することでいわば汎日常を生成するものであり、日常であるからして資金は流入し、またこの文脈における旅とは汎日常からのさらなる逸脱、日常非日常の境界を無視する三次元方向への延伸行為である。

 

書きながら論理がほつれていることを自覚しました、いつかまた電車でごとごと揺られながら反芻しときます。

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ではでは

(次回の投稿は年末の予定です、お楽しみに)