ヤマダイスキーの旅日記

アウトドア全般、海外移住、資格試験、ウェブ開発などの話をします

「今さら稼いだところでもう遅いんだよな」という悲しい感情

給料日が近づくと10代の頃の極貧生活がフラッシュバックしてくる。

当時から大変だなぁと思っていたけど、給料をもらって人並みの生活をできるようになってから振り返ると、いやいや大変なんてもんじゃなかったなぁと思う。

この記事では、学生時代に僕がどんな生活をしていたか、それが今の行動選択にどう影響を与えているのか、そしてそれらについての建設的な見解をのべようと思う。

 

学生時代の暮らし

大学入学時に親から「これで卒業まで頑張って」とそれなりの額を渡されていたが、僕はなにせやりたいことが無限にあって、できることならそれらをすべて達成したいタイプの人間である。在学中にすべてのプロジェクトを完遂させるとした場合、卒業時におよそ350-400万円の借金を抱える計算になっていた。アルバイトで10万円や20万円をチマチマ稼いでなんとかなる額じゃない。使途が使途だけに日本学生支援ヤ〇ザから借りることもできない。ここから僕の極貧生活が始まった。

 

その最たる例が食事で、基本は朝昼に食パン1斤を食べ、夜に米3合を炊いてパックのみそ汁で流し込む生活をしていた。


それからカロリーのコスパを最大化する最適解として、週に2回はにぼ次朗に行っていた。にぼ次郎ってのは関西の二郎系ラーメンだそうだが、僕は特にラーメンにこだわりがあるわけではない。部室棟の近くにあったから行っていただけ。おいしいというよりカロリーを摂取しに行っていた。もちろんにぼ次郎に行くときは昼メシを抜き、時には朝メシから抜き、なんなら翌日の朝メシまで抜いていた。

 

大学から自転車で30分くらいのところにMKバイキングっていう500円(当時)のビュッフェがあって、そこにもよく行った。最低3人前、できれば4人前食べていたが、帰りは吐きそうになってグロッキーなまま自転車を漕いでいた記憶がある。

 

もしくは近くの酒屋で350円のワインを買って、酔うことで空腹を忘れることもしばしばだった。ビールをチェイサーにする男、ワインをのどごしで味わう男、日本酒を水のように飲む男、なんて呼ばれていた。酒を買うくらいなら米を炊いたほうが安いんだが、米だとおかず代がかかるからね。

 

極貧生活の終焉

学生時代の2大プロジェクトであったイギリス留学と世界一周について、当初は前者の予算が100万円、後者の予算が200万円という想定であった。これが前者は奨学金でフルカバーすることができ、後者も120万円で終わった、というか強制終了した。これによりその後の学生生活がグッと楽になる。


帰国してアルバイトを開始した。どうせなら人生経験として10個くらいバイトを掛け持ちしようとしたが、4つ目の審査、5つ目と6つ目の面接、7つ目のリサーチを進めている段階でコロナのパンデミックが起きた。これによりすでに働いていた仕事を3つとも辞めることになり、というか営業停止してしまい、収入源がいったん途切れた。

 

この段階で今後の授業料と生活費の合計を算出してみると、ギリギリで貯金と予定収入の合計がそれらを上回っていることが判明した。ともすれば授業料が払えなくて退学になっていたかもしれないところを、なんとか23歳にして借金や退学のプレッシャーから脱出することができた。感情としては、とにかく貧乏から1mmでもいいから遠ざかりたい気持ちであった。もう貧乏は十分だ。

 

このタイミングで京都に帰った。ほぼホームレスみたいな状態だったが、未来に希望があるのは幸せだった。コロナで株が大暴落していたので積立NISAを開始した。ビジネスと資産形成について調べまくった。革命で資本主義を打倒するのではなく、うまく制度を活用しながら賢く立ち回ろうと思った。

 

それから復学した。授業を週23コマ入れて、就活とか勉強会のイベントを週10ほど入れて、さらにバイトの夜勤を週2で入れていた。働けば働くほど貧乏から遠ざかっていくのが快感であった。お金がないせいで、未成年なせいで、高校生なせいでやりたいことが何もできなかった10代に比べれば、自由時間が週に2時間しかないなんて贅沢な話であった。

 

そんな生活を1年ちょっと過ごし、なんとか壮絶な戦いを制して卒業することができた。感情としては、もはや余生であった。生まれてからこのかたお金を払って勉強する身分だったわけで、そこに納得できていなかったわけで、ようやく働けるのかと思うとせいせいした。しかも会社員として毎月給料をもらう生活である。貧乏どころか死からも遠ざかることができる。なんて快適なんだ。

 

悟りの境地

そんなこんなで、今残っているのは100万円ほどの物欲である。これは主に歯列矯正トライアスロン(≒ロードバイク)の費用であるが、こんなの半年もあれば稼げてしまう。

 

正直、10年以上におよぶ極貧生活がほんの2年程度で終わり、これから先の人生でお金に苦労することはないのかなと思う。なにせ僕は年間80万円もあれば日本の物価で幸せに暮らせてしまうし、そもそも日本で生活するつもりがない。

 

もし仮に10代の10年間で国から毎年100万円が配られていたら、僕は日本に残る気になったかもしれない。僕が普通に生活していたら生涯の税収は1億円くらいあるだろう。1000万円払っただけで1億円の税収になるなんて、10倍のリターンが確実に見込めるのはいい投資なはずなんだが、そんな正常な判断ができる人はそもそも政治家にならない。うん、やっぱり日本はオワコン。

 

もう1つ仮定をしてみて、今から数年で1億円とか2億円とかをポンと稼いだとしたらどうだろう。いや、これにしたところで染み付いてしまった金銭感覚や価値観は変わらない。1万円の出費にはこれからも1万円分の痛みを感じるだろう。例えばマイホームとかブランド品にはまったく興味がない(転売目的を除いて)し、自動販売機でジュースは買わないし、夜にコンビニに行くくらいなら昼にスーパーに行くし、お酒やラーメンは今後一切口にしなくて構わない。筋トレと美容と勉強にはお金を使うだろうけど、しょせん数百万円である。たいしたことない。

 

そうね、これから先の稼ぎは友人や後輩のために使っていこう。

というか稼ぐのもほどほどにして、親しい人たちとの時間を優先していこうと思う。