ヤマダ=イスキーの旅日記

イギリス留学、世界一周などをしていました。

どうして僕はホームシックにならないのか

僕はこれまでのところ、特につらいホームシックを経験したことがありません。別に全員が一度は経験すべきものとかではないでしょうが、ふとその理由はなんなのか考察してみたくなったのでここで書き記しておきます。

 

 

この記事は4000字を超える長文なんですが、要約すると次のようになるでしょうか。



1、 日本は食事がめちゃくちゃ高いくせにあまり美味しくないから。物価が高いから。日本にいてもあまり刺激がないから。


2、 暑さ寒さどちらにも強く、どんな料理でも食べれて、どんな言語でも習得できて、どんな人とも話せて、心身のセルフチェックができるから。


3、 綿密な長期計画を常に立てていて将来の見通しがあるから。充実していて満足できる生活を送っているから。



目次らしく短くまとめ直してみましょう。

 
1、 日本での生活


日本ってレストランの種類が少なくないですか?というか1つ1つの店がメニューを豊富というか過剰に揃えすぎてて「で、イチ押しはなんなの?」って思ってしまいます。いちおう僕は日本語が読めるはずなんだけど注文の仕方が理解できないことなんてザラにあります。

東南アジアでは1つの屋台が出してくるメニューって3種類くらいで、麺と肉をテキトーに指させばテキトーに繕ってくれます。ラク

中国はそれなりにメニューも多いけど、だいたい店の看板を見れば料理の系統が分かります。あとは同じ「牛肉面/ニウロウメン」でも店ごとに全然違うので面白い。

西欧は日本と似ています。チェーン店が多くてつまらない。そして貧乏学生を拷問してくるかのような価格設定。だから僕は西欧も嫌いです。



そもそも京都市内で学生が入れる飲食店ってだいたいがチェーン店で


・ラーメン
・カレー
・定食
・中華料理


極論するとこの4つにだいたい分類されるような気がします。というかラーメン屋ってなんであんな数だけ多くて店どうしの多様性がないんですかね。みんな同じ店で修行したんですか?同じ問屋から仕入れてるんですか?これが暗黙の同調圧力ってやつ?

公平のために断っておきましょう。僕は基本的に味の濃い料理が好きではないというか、味覚がマヒします。水とかビスケットなら違いがよく分かるんですが、ラーメンやカレーは味があまりに強すぎてよく分からない。別にラーメンを食べるのはカロリー摂取が目的なので味なんて関係ないと言えばそれまでですが、しかし料理のプロなんだったらもっと繊細な分野で味を追求してもらいたいものです。

あ、京都にはもちろんそういう繊細派の料亭も存在するんですが、イチゲンさんお断りな雰囲気だったり、英世どころか諭吉が軽く吹っ飛びそうだったりなので敷居が高すぎます。



だから僕は日本ではもっぱら「食パンorそうめんorフルグラ」で生きています。


それぞれ安くて美味しいですが、海外というかアジアの屋台でならもっとおいしい料理をもっと安く食べれるので、日本にはむしろ帰りたくないです。

社会人になって良いものを食べるようになったら、それかオッサンになって代謝が落ちて「味より量」なのが「量より味」になったら、和食が恋しくもなるんでしょう。少なくとも今の時点では正統派の和食なんて手が出せないので別に良いです。


料理以外も同様で、国内旅行するときは野宿が基本だし、本が欲しかったら図書館で探すし、長距離移動は格安の高速パスだし、などと貧乏生活をしています。

海外にいるときの方が「リスク回避のため」「心身の健康状態を保つため」「経験のため」「物価が安いから」などと言ってむしろ贅沢な生活をしています。

だから日本に帰ることによるメリットなんてほとんどないんです。むしろ物価が高すぎて心が潰される。



「日本は刺激が足りない」というのは、日本人があまりに均一的すぎるのとリスク回避型すぎるのとでそこまで会って話したいと思わないということです。逆に日本人らしくない日本人はとても刺激的ですが、そういう人に限って国外で生活しているものです。まぁこれについてはこのくらいにします。



2、 適応性


これはもはや自慢できるレベルなんですが、僕はめちゃくちゃ環境適応能力が高いと思っています。たぶん登山や自転車ツーリングで鍛えられたんでしょう、たいていの自然環境なら問題なく生存できます。

つまり気温なら-20℃から45℃くらいまで耐えれるし【実証済み】、食事なら1年間毎日パスタを飽きずに食べ続けれるし【実証済み】、39℃の発熱でも川で泳いだり1時間くらい歩き回ったりできるし【実証済み】、ちょっとやそっと腐っている食べ物でも問題なく食べれるし、などなど枚挙にいとまがありません。



海外での文化適応能力というのもホームシックになるかならないかを分ける大きなポイントです。が、その点もどういうわけか僕はろくにカルチャーショックを受けたことがないです。

1つには僕がこれまで渡航した国が東南アジアやヨーロッパなため、事前にニュースや体験談などで正確なイメージができていたからでしょう。加えてそれらの国は日本と生活レベルが同じようなもので、ただ言語が変わっただけと思えば特になんともなかったです。

しかし僕はインドなどの南アジアを1人で旅行したこともあります。2回合わせると2ヶ月程度になるでしょうか。それでも特に衝撃は受けなかったし、いわんや日本に帰りたいなんて一度も思いませんでした。これはもう考え方というか心の構え方の問題なのかもしれません。日本にいるときから常識を疑うというか、本質的に「なぜ?」を問い続ける習慣があれば、別に異国で違うシステムを見ても「なるほど」で自己完結するものだと思っています。



一人旅をしている以上、どうしても自分自身の問題は自分で解決する必要があります。基本的には誰も助けてくれません。ここで大事なことが2つあります。まずは「現地の人とコミュニケーションを取ること」、そして「自分の心身の状態を常にチェックすること」です。

一つ目。例えば旅をしていると病気になることかあります。その時は現地の病院に行った方がローカルな経験値に基づいた適切な判断をしてくれます。(とはいえ不衛生な病院はやめておいた方がいいかも) 

病気に限らず、現地で起きた問題は現地で対処したほうが何かとスムーズです。例えば列車のチケットの予約はネットや日本でするより実際に駅に突入した方が簡単だったりするし、料理の注文の仕方が分からない時はネットやガイドブックで注文の仕方を調べるよりも現地の人に頼んだ方がラクです。

 

そういえば僕は同世代の人たちよりもネット社会に参加するのがだいぶ遅かったんだと思います。ネットに毎日接続できるようになったのは高校生の中盤くらいからだし、スマホを初めて買ったのは大学1回生の10月だし、それ以前にもツーリングしたり海外に行ったりしてたけどアナログな手段で生き抜いていました。

 


アナログな世界でいかに上手にコミュニケーションを取れるか。これは大きな問題です。

ちなみにコミュニケーションで大事なのは「言語」ではなく「姿勢」です。そもそも”communication”とはラテン語の”communis”から派生したそうですが、これは「共有」という意味を持つそうです。「伝達」ではありません。どれだけ意思を共有できるか。これは言語の巧拙とは違う次元の話です。



とはいえ、現地の言葉を最低限は覚えておくべきものです。これはコミュニケーションを円滑にするという以前に、その国で滞在するうえでのマナーというか礼儀みたいなものです。僕はこの新しい言語を覚えるプロセスが好きというか得意だったりします。まあ何度もやってれば慣れるものですけど。




2つ目。自分のことは自分が一番よく分かっているはずです。というかちゃんと自分の特性を把握していないとダメです。

僕について言うと、ADHDの傾向があるとか、予定を詰めすぎてついついオーバーワークになりがちとか、飲みすぎ食べすぎを繰り返すとか、ついつい無理にケチってしまうとか、体調が多少悪くても決めていた予定を強行しがちとか、こういった傾向があります。

それらを認識するのがスタート地点で、あとは

「どういう時にどういう行動を取りがちか」

「その結果としてどうなるか」

「体調悪化の前にはどんなサインがあるか」

「予防策としては具体的にどのようなマニュアルを作るべきか」

を考えることになります。

 

こういうのを学校でちゃんと教えて欲しかったんだけど、自分たちでやっていくしかないみたいです。みなさんもぜひ時間を取ってやってみてください。



3、 計画性


これはすごく単純な話です。

僕は今の時点でだいたい5年先くらいまでの人生設計みたいなものを立てています。それ以降についてはその時点での会社とか家族とかの都合もあるのであまり考える必要がないかなと思っていますが、それでも10年先くらいまでいくつか候補はあります。



で、例えばこの世界一周についてもかなり綿密な計画に基づいているわけです。もちろん最初に立案した7年前のルートとは似ても似つかないような計画になっていますが、少なくともかなり前から何度も計画を検討してからの決行なので、迷いがないです。

だからもし万が一「つらいなぁ、日本に帰りたいなぁ」と思うことがあったとしても、当初の計画とは違うことだったら、もしくは修正の範囲外になるんだったら、日本には帰らないです。もしも日本に帰ったとしても「まだ計画の途中なんだよな」と思って不完全燃焼状態になることでしょう。それが自分では分かっているので別に「日本に帰りたいなぁ」という考えは発展しないです。

 

 



以上、「どうして僕はホームシックにならないか」でした。

みなさんはホームシックになりますか?

そういえば僕が最初に海外に行ったのは高校の研修でのシンガポールとマレーシアだったんですが、その時に一緒に行っていた女の子の1人が途中でホームシックになって、ソファに泣き崩れていましたね。まぁその感覚が理解できないわけじゃないです。。。