ヤマダ=イスキーの旅日記

京大に2年間の休学届を出して世界一周しています。

世界一周3ヶ月目の報告【スケジュールと感想】

神戸を出発したのは9月18日、上海に到着したのは9月20日。

このどちらを世界一周のスタートと取るかは微妙なところですが、いずれにせよ3ヶ月を過ぎたことになります。ここら辺でいったん僕のこれまでの移動と、これから2ヶ月ほどの動きをまとめてみようと思います。

 

日付、街(エリア)、都市(国)

泊まった宿

簡単な感想

という順番で書いていきます。

 

気づけば随分と長くなってしまいましたが、読んでもらうというより自分にとっての備忘録みたいなつもりで書いたのでその点はご了承ください。にしても3ヶ月ほぼ毎日イベント続きでしたね。思い出すことがたくさんありました。

 

 

9/20-21、金科路、上海

Jin Jiang Inn

50時間のフェリーに耐え上海に到着。予約していた宿が遠かったのと、スコールでびしょ濡れになったのと、日没まで時間がなかったのとで近くのホテルに避難。

 

9/21-24、川沙、上海

Tu Qu International Youth Hostel

ド田舎かと思いきや、地図で見るより大きな街だったので驚く。京大薬学部に留学していた中国人に会う。日中はスタッフの仮眠室でネコと戯れながらずっと映画を観る。

 

9/24-25、Jordan、香港

Yesinn@YMT

香港には17時のフライトで到着。香港島ではなく九龍に行き、目星をつけていた安宿4つのうち1つに泊まる。ネイサンロードがとても気に入った。ただやはり物価が高め。

 

9/25-26、Tsuen Wan、香港

L'hotel Nina et Convention Centre

香港のリゾートエリアまで数時間歩いて移動。39階という抜群の高さを満喫する。宿泊費8175円の半分ほどは仕事なので補助。ジムも朝食も最高。旅の上限はここ。

 

9/26-27、Mongkok、香港

Apple Inn

再びゴミゴミしたネイサンロードに出没していく。市内最安宿なので前日との落差がすごい。とりあえず海まで行き香港の夜景を味わう。屋台のメシもビールもうまい。

 

9/27-28、マニラ空港エリア、フィリピン

スカルノハッタ空港

宿は予約していたけど、センター街とは空港の反対側だったのでブッチして空港泊。WiFiもコンセントもなく、なんなら床に寝るのも禁止されているようだった。クソ。

 

9/28-10/2、マニラ市内中心部

タンバヤン・カプセルホテル

宿のスタッフがみんな常にニッコニコしていてフィリピン人のフレンドリーさを痛感する。ただみんな髪を黒いネットで束ねていて不思議な光景ではあった。ここで出された雑穀ロールパンがもちもちしててうまい。午前中は散歩して、午後は宿の近くのロビンソンに入り浸る生活。

 

10/2-6、マニラ市内北西部

Bahay ng Marino Manila

港のすぐそばで客の多くは船乗りという格安宿。泊まった40人部屋はファンと窓があったのでまだいいが、隣の60人部屋、下の100人部屋はまさにド底辺の戦場。シャワーもトイレも圧倒的に人数比からして足りてないんだが、どういうわけか混雑はしなかった。

 

10/6-10、マニラ市内南部

The Hub District Hostel and Dorm

休学してマニラにしばらく滞在している日本人学生、バツ2でマニラの会社に勤めている日本人のおじさん、チック症の講演に来ていて自身もチック症の台湾人と毎日4時間は話していた。 宿のスタッフが新婚のカップルで昼間からイチャイチャしていた。

 

10/10-11、コタキナバル、マレーシア

Sabah Oriental Hotel

マレーシアは道路の横断がしにくいし、喘息気味で歩き回れない。だからSIMカードを買ってずっとホテルに引っ込んでいた。ジムは排気ガスを吸わないで運動できるから最高。プールやマッサージが閉まっていたのは残念。

 

10/11-14、コタキナバル

Faloe Hostel

最高の宿かなと思う。フリーのオレンジとリンゴ。フリーのシリアルとビスケット。洗濯機と乾燥コーナー。機能的なベッド周り。ただ宿の周辺が迷宮みたいになっている。フロントのおっちゃんは口ひげがめっちゃ似合っていた。

 

10/14-17、コタキナバル

Akinabalu Youth Hostel

小さな街なのでもう歩くところがない。よって3日間は宿に籠ってWordpressで新しいウェブサイトを立ち上げてみる。しかしWordpress.orgではなく.comで始めてしまう。みなさんも注意してください。

 

 10/17-19、コタキナバル

The Bunk

机やWiFiがなくて作業できないというのは旅をしながら仕事をするとき独特の難しさ。さっそく作業が中断してしまうが仕方ない。すぐ近くのレストランの店員さんがドストライクすぎて、やや値段が高めだったが3回も行ってしまう。これも仕方ない。あ、この宿には南京虫くんがいた。

 

10/19-22、バンダルスリブガワンブルネイ

Joy Rest House

国際バスでイミグレを4回通過してブルネイに入国。ここはインド料理が安くてうまい。個室だけど壁は下と上が開いているので同じフロアの音がすべて聞こえる。隣の部屋のおっさんが大音量で音楽を聴くもんだからイヤホンを投げ入れようかと思ったが、そう思ったときにタイミングよくおっさんが外出してくれるもの。

 

10/22-23、クアラルンプールで乗り換え

クアラルンプール空港

カプセルホテルを予約していたが、別ターミナルの内部にあってチェックインできないらしい。よってフロア泊。いろいろタスクが溜まっていてパンク寸前になっていた。シャワーと食事と睡眠は本当に大事。あと複数のタスクを抱えたときはメモをとることが必須。

 

10/23-26、ジャカルタインドネシア

Classic Hotel

機内で隣に座っていたマレーシア人のおじさん(Jさん)と仲良くなって、空港から市内まで専属ドライバーに送ってもらう。日本でいう商社マンらしい。ホテルは別の意味で有名なところで、部屋や設備はイマイチ。現地の通貨ルピアは額が大きすぎて計算ができない。

 

10/26-29、ジャカルタ

Capsule Hotel Old Batavia

最上階のコモンスペースで3日間ずっと作業にふける。空気も悪かったしレストランも少ないエリアだったので散歩はせず、ビスケットと紅茶生活。チェックアウトの時に記念写真を撮られるという僕の嫌いな展開。あとフロントのおっさんが馴れ馴れしくファーストネームで何度も呼んできて軽くイラッとする。初対面でしょ?

 

10/29-30、ジャカルタ

d'primahotel ITC Mangga Dua 2

ジャカルタではインフラの多くが工事中で、空港までアクセスがいいと思ってこのホテルに泊まったけど結局は別の駅に向かった。線路脇にこれまた外国人が寄り付かない有名なエリアがあって、かなり満足できた。この辺は世界一周して帰り道にまた行きたいところ。

 

10/30-31、ジャカルタ

スカルノハッタ空港

渋滞で乗り遅れるのが怖くて前日泊する。新しい空港で居心地がいい。多数のベンチや絨毯コーナーなど完備されてて、設計した人はちゃんと分かっているねと思う。ただナシゴレンってそこまでおいしくなくね?

 

10/31-11/3、リトルインディア、シンガポール

Footprints Hostel

シンガポールは意外に食事が安くて500円でお釣りがくる。そしてなまら美味い。ただ宿の朝食はいかにもな遺伝子組み換えコーンで作ったシリアルで微妙なところ。せっかくだから懐かしのマーライオンを観に行ったが、観光客が多くてさっさと退散した。

 

11/3-4、ビーチロード、シンガポール

Destination Singapore Beach Road

シンガポールのホテルはレベルが高そうだけど、値段がそれ以上に高い。マリーナベイサンズとかも巡礼したけど、あと数年は泊まれなさそう。今回泊まったこのホテルは値段不相応。レストランが併設されてたけど夕食だけじゃなくて朝食も法外に高かったのでパス。屋上プールはちゃっちいし、スコール時には落雷が怖いだろうなと思った。

 

11/4-6、ジョホールバル西部の山の近く、マレーシア

Memory Gesthouse JB

ようやく陸路の移動がスタート。国境を越えると一気に物価がダウン。宿もボロッちくなる。農業用の支柱と結束テープでベッドカーテンをつるしてある。が不思議と居心地が良い。作業の進捗を生んでいく。

 

11/6-7、マラッカ、マレーシア

Jalan Jalan Guest House

インドのなんかの祝日らしくて多くの店が閉まっている。いつもはすごくにぎやかそうな通りがシャッター街と化している。宿については正面ドアも部屋のドアも立てつけが悪い。

 

11/7-8、マラッカ

Sayang Sayang Youth Hostel Riverside

変なおっさんを除いて宿には他に客がいないのか、廊下っぽい場所のベッドで堂々と寝る。バスターミナルと市内は歩ける距離だが、人通りの少ない橋を渡るのがやや緊張する。テスコっていうヨーロッパ版イオンみたいなのがあってなんか安心した。

 

11/8-9、セレンバ

Jさんの家

駅に早めについて周辺を散策してから合流。海岸や海上ホテルを彼の運転で案内してもらう。おじさんの母親とも一緒に夕食。娘さんの部屋(ほぼ新居)で就寝。おじさんの同僚とクラブ的な複合施設で合流し、インド料理の朝食。事前に聞いていたが、その日は仕事でKLに行くということなので乗せてってもらう。

 

11/9-11、ブキットビンタン、クアラルンプール

Dorms KL2

高卒フリーターとしてお金を貯めてから東南アジアを旅行しにきた同年代の日本人と、独身で1億円ちかい貯金の使い道に困りつつも豪遊しているおっさん日本人に、マニラでヒッチハイクして身ぐるみはがされた19歳日本人学生の話などを聞く。あとJBの床屋に不満だったからここでもう一度刈る。なおこの宿はめっちゃエアコンが臭い。

 

 11/11-13、チャイナタウン、クアラルンプール

マーキーゲストハウス

チャイナタウンにはメシ以外あまり興味がない。日中はずっと作業。夕方にスコールが過ぎたら軽く散歩。ここにも有名な店がいくつかあって50RM程度と破格。

 

11/13-16、PUDU、クアラルンプール

Homie KL Hostel

アゴダでバグって同じ日程に2つ予約してしまったが、その片方に宿泊。宿はキレイだけど立地が悪くて客が全然いない。ベッド4つの部屋を独占。ただ最終日の夜に30歳でフィリピン人との結婚願望がある日本人が入ってきた。その夕方というのはちなみに珍しく1日3食もたべて吐いたあの日。この頃は鬱病がひどくて体がめっちゃ重たかったし、ろくに他人と口をきけなかった。

 

 11/16-17、ブキットビンタン、クアラルンプール

ホテルサンビームパーム

この宿では夜中12時に消灯してから同室者が騒ぎ出して、特に祖父母が4つの国籍っていうマレーシア人がいつまでたってもしゃべくっている。KLを立ち去る決断をした。

 

11/17-18、KLセントラル、クアラルンプール

Flip Bunc KL Sentral

ここまではバス、ここからは鉄道。懐かしいKLセントラル前の街並み。前回泊まった廊下がくっさい宿にも寄ってみたが、満室らしくて廊下までも入れてくれなかった。あの刺激臭をもう一度かぎたいものだったが。

 

11/18-19、イポーの駅前通り、マレーシア

 Abby Hotel by the River Town

イポーっていうのはマレーシアで2番目に人口が多いらしいが、デカいだけでスカスカな街という印象。中華系の店が多いが、閉店してるのも多い。チェックアウトの時にイヤホンをなくしたが2日後に救出した。

 

11/19-20、イポー北部、マレーシア

マンハッタンホテル・イポー

駅周辺エリアから遠ざかるにしたがって如実に家並みの高さが低くなっていく。ホテルの近くにイオンモールがあったので食料を買い込んでホテルで楽しむ。ジムが施錠されてて入れない。朝食はビュッフェかと思いきや、注文するスタイル。

 

11/20-21、ペナン、マレーシア

リョカン・マントゥリ・ブティック・ホステル

鉄道やフェリーのチケットは安くあっさり確保できた。この宿には人ダメソファが廊下にいくつも並べられててダメにされそうだった。雰囲気がすごく好き。リョカンは日本語のそれ。

 

11/21-22、ペナン、マレーシア

Just Inn

扇風機2つ使って洗濯物を乾かしてたら宿のおばさんにしかめっ面された。翌朝に海岸公園に行くと中国人のたまり場になっていたのだが、気にせずオレオをむしゃむしゃ食べた。

 

11/22-23、バタワース、マレーシア

サンウェイホテル

海を渡ってから歩道がなくなったが、なんとかゴリ押してホテルにたどり着く。見晴らしがいいジムでランニングマシンやりすぎて目が回る(前後に)。翌日は駅まで別の道で行こうと思ったら川に阻まれ、近くの漁師に頼んでヒッチハイク。貧乏そうだったけど特に見返りを求められず、マレーシアの評価が爆上がりした。 

 

11/23-24、アロースター、マレーシア

Bee Garden Motel

おそらく多くの外国人が素通りする街、アロースター。デカいモールがあるしメシがなまら美味い。宿は雰囲気が昭和っぽい個室で、下水臭やらエアコンフィルターのカビ臭やらがする。コップも臭いので使わない。南京虫がいないのが不思議、と思ったらそれっぽいのがいた。ただ簡単につぶせたので違うと思う。

 

11/24-25、パダンパサール、ぎりぎりマレーシア

W8 Guest House

とても狭いが個室。狭いというのは具体的にいうとベッドとドアが開閉するスペースだけある感じ。勝手に洗濯機を使ってみるも操作方法がよく分からず濡らしただけ。翌朝は歩いて国境越え、ハジャイまではミニバンに乗る。助手席がなんで空席なのかよくわからなかったけど、少し走ったところでお坊さんを乗せていたのでタイ語で事前に連絡があったのかもしれない。

 

11/25-26、ハジャイ、タイ

ハジャイ・バックパッカーズ・ホステル

フロント前にマットのグタるコーナーがあって好感が持てる。スタッフも気さくで、ナイトマーケットまでスクーターに乗せてくれる。なお隣のベッドには東回りで世界一周を半年半周してきたドイツ人がいた。でも見るからに旅慣れてない感じ。キッチンがめっちゃ汚いし朝食のバナナにはハエがたかっていた。

 

11/26-27、ハジャイ

ハジャイ・ユース・ホステル

駅からやや東に遠のく。最高の作業空間が誕生した場所。同部屋のアメリカ人にerが苦手というと、ボストンの奴らも言わないぞと教えられる。彼はすごくおしゃべりがしたたいオーラを出してたけど、僕はそういう気分じゃないのでやんわりと会話を終わらせる。すみません。廊下とかあちこちに肖像画のコラージュが多くて面白い。

 

11/27-28、ハジャイ

ハンサJBホテル

高級そうな絨毯とありえん広いスペアリアルーム。窓からの眺めもなかなか良い。ただ併設マッサージ店は休業、ジムもポンコツ。近くには工具店ばっかりで立地が悪いが、何とかスーパーを発見、ビールを買う。

 

11/28-29、ハジャイ

The Hive Hatyai Hostel

玄関左のフロント前に作業机。G階含めて4階まで登らされる。遠くのアタミは入りにくかったので近くのマンダリンで済ませる。ここも上の階まで登らされる。

 

11/29-30、チュンボーム、タイ

Salsa Hostel

フロントでエネループの充電器を貸してもらう。朝食が有料だったからビスケット食べてたら、客のオバハンにそんなの食事じゃないわと言われる。this is enough for meみたい言い返したがろくに聞かずどっかに行こうとしていたので後ろ姿を睨んでおいた。

 

11/30-12/1、チュンボーム、タイ

Yong Dee Apartment

売り物の冷蔵庫やテレビの奥にフロントがあって、裏口も用意されていた。ベランダに無数のハエの死骸が散らばっていたが、目を背けて洗濯物を干す。近くにもっと新しくてキレイな宿(つまりSalsa)があるから客が奪われているんだろうなぁと思う。

 

12/1-2、プラナコーン、バンコク、タイ

ラックイン・ホステル

バンコクの西に深夜着いて、川を渡って王宮エリアへ。口コミ満点の宿がいくつもあってビビる。この宿はコアラのマーチなど品揃えが最強。なぜ1泊で去ったのか。またこのエリアには行くべきだと思っている。

 

12/2-3、セナガーデン(/スチサン)、バンコク

Siamaze Hostel

すごく懐かしい宿。シーマーズなのかシャムアゼなのかは分からんが、ベランダとかTVルームがそのまま。もちろん近くの懐かしい店にも行くが、1つはつぶれていた。イギリス留学の前、第2回インド旅行の帰りにここに滞在していて、ちょうどトビタテの採用結果もここで受け取った。

 

12/3-5、マッカサン、バンコク

Mascot Hostel

2週間ずっと1泊ずつで移動してきたが、ようやく連泊する。人口過密で蒸し暑い宿。近くにマッサージ屋が多い。インド料理がぼったくりすぎて、座ってメニュー開いてから何も注文せず退店するという失礼なことをした。でもぼったくっている方も失礼だからな。宿は3泊で予約していたけど殺虫剤の散布をするからと追い出された。

 

12/5-6、プロンポン、バンコク

JPゲストハウス

日本人がやたら多いエリアの日本人宿。近くにマッサージが密集していて、出入りするたびに何十人もの露出多めなオネーサンと目が合う。宿には何十年もかけてすり減った感じの人が半分弱、常に風に流されているような人が半分弱、そしてソファーをボロボロにしていく2匹の子猫がいた。ベッドが凹んでいて寝返りを打つとそのまま流されて落ちそうになる。僕も流される人間ということ。

 

12/6-8、プロンポン、バンコク

クラレジデンスホステル

道路を挟んで反対にある、異次元の宇宙船みたいなカプセルホテル。石畳にスマホを落っことして画面が反応しなくなる。カメラは今でも使えない。ヘラズっていういい店があって、素晴らしい経験をした。その近くの屋台でほぼ毎食たべるようになった。

 

12/8-13、ファイクワン、バンコク

GUYASUKA Ratchada

最高すぎてずーっと部屋に籠ってM-1グランプリ一気見してた。プレハブっぽい質素なカベ、コンクリ打ちっぱなしのバスルームがいい趣を出している。半個室みたいな。

 

12/13-14、プロンポン、バンコク

Click Hostel

ヘラズにまた行きたくなって戻ってきたが期待しすぎたみたい。日本人が数人いたけど電話の会話を聞く感じからして話しかけたくない。やたらと大泉洋の作品を観まくる。

 

12/14-18、フアランポーン、バンコク

Hostel Urby

12/1から滞在してたバンコクをついに出る。中華街でスマホを修理してもらうが、不具合がいくつか残ってる。チャオプラヤ川を見ながらの優雅な朝食。定年退職してセカンドハウスを探している日本人のおじさんに70年代のバックパッカー事情などを聞く。

 

12/18-19、寝台列車25番

21時半のチケットを取るつもりが20時ちょうどのチケットになってしまい、慌ててやり残しそうだったことを済ませる。バンコクにはすごくスッキリした思い出を作った。

 

12/19-20、ウドンタニ、タイ

Oldie and Sleepy Hostel

9時過ぎに宿に入ってみたが、イギリス人のスタッフは快く入れてくれた。エアコンなしの部屋がなんでそんな不人気なのか分からんが、広い部屋を独占できた。

 

12/20-22、ビエンチャンラオス

Niny backpackers

宿が自転車とスクーターを貸し出していたので、2日目にセミATのスクーターをレンタル。レンタル料200Bはいいとしてガソリン代100Bはなんでやねんと思う。でもすごく楽しかったから許す。最初はめっちゃ緊張して直進しかできなかったけど、夕方にはしっかり左折もできるようになった。ただ地理が頭に入っていないから一方通行とかにさんざん悩まされた。3日目の朝に今からコートジポワールで養鶏するんですっていう姫路出身の日本人が入ってきて、短時間だけど有用な話を聞けた。でもその人「オフラインマップて何ですか?めっさ便利やないですか!」みたいな30歳だった。大丈夫かな。

 

12/22-24、ビエンチャン

セントラル・ブティック・ホテル

今ここ。中華系のホテルで最低限は整ってるけど加点ポイントがない印象。フロントの兄ちゃんによると数年前に経営陣が中国人になったそうで、中国語むずかしすぎるっていう話を聞いた。

 

 

~おまけ~

 今後の予定をざっくりと書いておきます。

12/26

ビエンチャン→バンビエン

12/28

バンビエン→ルアンパバーン

1/1

ルアンパバーン→国境近くのどこか

1/2

国境近くのどこか→ハノイ

1/6~1/8

ハイフォンとか行ってみようか

1/10

ハノイ→国境近くのどこか

1/12

国境近くのどこか→昆明

 

ここから先はフライト情報です。

 

1/25 昆明台北

1/29 台北那覇

2/12 那覇→釜山

2/13 釜山→北京

 

それでは。