ヤマダ=イスキーの旅日記

京大に2年間の休学届を出して世界一周しています。

イスラーム教は資本主義経済の弱点を補完できるのか

イスラーム教は資本主義経済の弱点を補完できるのか

 

はじめに資本主義のアンチテーゼとして誕生した社会主義について考察し、その歴史的な盛衰がイデオロギー的な欠陥によるものか、それとも個別な事情によるものかを判断していく。次に基本的なイスラーム教の性格を紹介し、特にその経済に与える影響を評価していく。またイスラーム教だけでなく、他の宗教や文化・習慣についても比較する。結論としては、近い将来にイスラーム経済が世界市場を席巻することはないだろうが、1つの社会保障のあり方として参考になる部分があると考える。

 

 

社会主義の欠点とは

この章ではソ連崩壊の原因を簡単に検証することで、それが普遍的な社会主義イデオロギー的破綻によるものか、もしくは時代背景や地理的条件という限定的な状況によるものだったのか明らかにしていく。結論としては「ソ連崩壊の原因は普遍的なものとは言えないが、しかしこれから社会主義国家が誕生しても繁栄していく保証はない」というものである。

 

そもそもソ連が1991年に崩壊した原因としては、「農業と工業の失敗」「財政破綻」「言論統制」の3つが大きく挙げられる。もちろん「農工業の失敗」がソ連経済を弱体化させ「財政破綻」につながったという因果関係もあるが、ここでは後述するように財政破綻の主原因が軍事費の増加であるとする。

 

A, 農業と工業

さて、ソ連経済は石油、石炭、貴金属などの鉱業によって支えられていたが、それに対して農業および工業の生産性は著しく低かった。そのため1986年に国際石油価格が3分の1に急落するといやおうなく経済危機におちいった、というのが通説であり、これは否定しない。

 

しかし、農業と工業の生産性が低かったことを社会主義のせいだと簡単に断言するべきではない。つまり社会主義経済のもとであっても高い農業生産性と工業生産性、つまり高い品質と安定した供給量を同時に実現することは不可能ではないと考える。

 

例えば、農業の生産性が低下したのは大地主を粛清したこと、それに伴って農作業のノウハウが消失したこと、さらには固定賃金による労働意欲が低下したことが理由とされるが、これは「農作業のオートメーション化」「ノウハウのデータベース化」などによって防げるのではないか。

 

これについては資本主義経済においても有望な選択肢だとされている。というのも現在の日本においてはベテラン農家の減少と相対的な農業分野における低賃金が問題となっており、「農作業のノウハウ消失」「労働意欲の低下」という現象がここでも起きている。もちろんそれらが社会主義によるものではないことは明らかである。そして技術革新が状況を打開する有力な選択肢の1つになっている。

 

またソ連は外貨収入から食料品を輸入する政策も取っていたが、自然地理的に自給自足が可能な農業国などでは、より安定していて国際経済に左右されない農業政策が可能なのではないか。つまりソ連は高緯度に位置していて農業に適した肥沃な土壌が広く分布しているわけではなかったが、逆に土壌が肥沃であるならば少ない労働投入でも農業が可能となる。つまり農業の失敗は必ずしも社会主義に原因があるとは言い切れない。

 

 

一方で工業については、確かに資本主義経済の方が適しており、社会主義経済のもとでは圧倒的に生産力が低下するものと思われる。それは簡単に言うなら、工業というものがその性質的に労働者の意欲次第でいくらでも生産性が変わるものだからである。

 

しかしこれについても、今後はものづくりを中心とする重工業から実物ではないコンテンツ産業やサービス産業へと市場が大きくシフトしていくと考えられており、過度な競争を防ぎつつも生産性を維持する工夫としてベーシックインカムなどいくつかの案が議論されている。ただこれについては本稿の論点と異なるので割愛する。

 

つまり工業については、社会主義のせいで不振に終わったが、将来的に状況が変わる可能性は充分にある。また余談になるが、五ヶ年計画のもとでは工業生産はすこぶる好調だったし、また世界恐慌の影響もまったく受けなかった。

 

 

B, 財政

次に、軍事費の膨張が財政破綻を招いたとされているが、では東西冷戦がなく、軍拡をする必要がなかったとしたらソ連は崩壊しなかったのか。すなわち一過的な国際情勢による軍事費の増加と、それによる財政への圧迫がないならば社会主義は存続できるのか。それともそれ以外に非持続的なシステム上の弱点があるのか。

 

結論から言うと、社会経済システムはさまざまな要因から成り立っているので「軍事費」だけの有無を考えることはあまり意味がない。加えて、社会主義になった経緯が軍部のクーデターであるということ、そして社会主義を掲げる国は歴史的にアメリカなどと軍事的な対立関係におちいってきたことから、例として軍事費負担のなかった国を挙げて議論することは難しい。

 

 

C, 言論統制

言論の自由を保障することは社会の安定性において重要である。言論の自由とはすなわち社会の自己再生能力と言えるからである。ソ連の問題点として計画経済を国家上層部の一部の人間だけで決定してしまったことがあるが、これがもしボトムアップに生産数量を増減できるようになればどうだったのか。

 

国民全員が生産量をより少なくしようとする現象はあるラインで底を打ち、ある程度生活が困窮してきたところで「必要な物品は何か」についての議論が起こり、不必要なものを排除しながら最低限の労働で経済を回していくような流れになるシナリオは簡単に否定できまい。もしそうなれば、資本主義の問題の1つである「過剰生産と過剰消費」への答えになる。

 

もちろん国民に富を分配するためには「大きな政府」が必要になる。そしてその政府には必ずと言っていいほど富が集中することであろう。ただしその政府を維持するために常に弾圧や粛清が必要なのかというと、そうではあるまい。軍事費についての議論と同じような結論だが、「これまで多くの社会主義国家が独裁体制を敷いてきたので例を挙げることができないが、民主的な社会主義国家であれば可能性があると言える」のではないか。

 

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は民主的とはいえないという判断。

※なお本稿では共産主義について論じないこととするが、イスラーム教における意識レベルでの平等感を議論するならば社会主義よりも共産主義のほうが比較対象として妥当であろう。

 

 

イスラーム教の基本的な性格について

この章ではまず前提としてイスラーム教の基本的な教義などを紹介する。次に社会主義の欠点とされる「労働意欲の低下」に対して、また資本主義の欠点とされる「富の不平等」に対して、イスラーム教がどのような解決策になりうるか考察していく。結論としては、信仰心に基づく労働意欲の向上とザカートなど制度的な富の分配がかなり効率のよい解決策になりうると言える。ただし想定される欠点もいくつかあり、それについては本稿の終わりに述べることする。

 

A, イスラーム教とは

唯一絶対神であるアッラーへの信仰心と、そのアッラーの言葉とされるコーランの実践、そのコーランとスンナ(ムハンマドの言行録)を法源とするシャリーアに基づく統治を特徴とする宗教である。五行として信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼を義務付けており、現世での行いに基づく最後の審判で天国に行くことを目的としている。

 

 

B, 労働意欲

宗教による内面への働きかけは、社会制度による外的な縛りと本質的にどう違うのかを考察していく。

 

一般的な労働のモチベーションとしては「賃金」「自己表現」「ノルマなどペナルティ」などが挙げられるが、イスラーム社会においては働くことは徳とされていて、信仰心も労働意欲の1つになっている。

 

現行のイスラーム国家の多くは資本主義を採用しており、賃金は労働や創造した価値の対価として払われる。イスラーム経済の特徴としてシャリ―アに「働かずに富を得てはいけない」と書いてあるが、その解釈にはさまざまなものがあり、事実上の不労所得といえるような例もいくつかある。しかしどちらにせよ、労働量に対応して賃金が上昇するという点は変わらない。

 

 

C, 社会保障

イスラーム教が説くところの弱者救済がそのまま社会保障になっていることを説明していく。特に本稿では、一般的な意味での公平さや平等意識ではなく、ザカートとサダカという具体的な慣習に注目していく。

 

まず、多くの場合イスラーム教のザカートは「喜捨」と訳されているが、実際に喜捨をあらわす語としてザカートとサダカがあり、コーランには違いについての記述はないが現代においてはザカートを「制度喜捨」、サダカを「自由喜捨」として区別している。

 

ザカートというのは五行の1つであることからも分かるようにムスリムに課せられた財産税で、貧者の救済を主眼におくため「救貧税」と訳されることもある。これは以下に示すように具体的な数字として定められており、ペナルティなどはないが義務である。

 

イスラーム教のうちハナフィー派の定めるザカートは、1年以上所有している財産のうち、

貨幣 : 2.5%

家畜 : 0.8〜2.5%

果実・穀物 : 天水・流水灌漑は10%、人力・畜力など特別なの場合は5%

商品 :年収の2.5%、金は5%、銀は2.5%、埋蔵財貨は20%。

とされる。

 

集められた税金は、寡婦、乞食、孤児、新規改宗者などの救済に充てられる。なおサウジアラビアでは失業率が20%を超えており、その生活保護に当てられている。ちなみにこの使途については「弱い者に対して寛容であれ」というイスラーム教の趣旨と合致しており、異を唱えられることはほとんどない。

 

ザカートとはこのように政府レベルの公的な仕組みであるが、これだけでは手が回らない可能性もある。そこで例えば「近所の人どうしが金銭を集めて該当者に直接渡す」「成功した事業家が慈善団体に学校などを寄進する」「道端の乞食に小銭を渡す」などの行動が見られ、これがサダカと呼ばれる。政府の社会福祉に対して、民間の互助システムである。

 

ちなみにこのサダカは、すべての人間は神に対して平等であるという教義に基づき、概念としては「人→人」ではなく「人→神、神→人」という構図であるとされている。

 

 

➂他宗教の持つ政治経済的な側面

この章ではイスラーム教はユダヤ教キリスト教、仏教とどのように違うのか、という点について簡潔に考察していく。そもそもイスラーム教はユダヤ教キリスト教に立脚した宗教であるが、一番大きな違いとしては「信仰の篤さ」であり、またイスラーム教は概して政策レベルに及ぼす影響が大きい。

 

そもそも喜捨という単語は仏教に由来していて、利他心に基づく行為のことをいう。しかしその対象とは出家した修行僧やその教団であり、社会的貧困層ではない。これはヒンドゥー教でもそうであ。

 

これに対して、ユダヤ教キリスト教の弱者救済システムはイスラーム教のものと近似している。例えばユダヤ教の経典である旧約聖書には貧者への救済が具体的に記述してあり、贖罪の行為として推奨されている。

 

キリスト教の救貧税、特に1531年から始まったイングランド救貧法は近代における社会福祉制度の先駆けとされていて、諸外国も福祉制度の導入にあたって参考にした。そもそもこれ以前、特に宗教改革以前には、修道院やギルド(同業者組合)が自発的に貧しい者の救済活動をしていた。しかし宗教改革によって「貧困=怠惰」という構図が生まれると、貧民から浮浪者となって暴動や犯罪を起こす者が増えてきたため、再び救貧制度が必要とされるようになった。そこで国として強制的に救貧税を徴収し、老人や病人、貧民に再分配することで社会秩序の維持を図った。

 

これは前述したイスラーム教のザカートに通底するものだが、救貧法のうち有名なエリザベス救貧法においては乞食に罰金を課しており、また健強者には労働を強制とするなど、何点か異なる点がある。ただキリスト教イスラーム教も「神の前での平等」を唱えている以上、富める者と貧しい者の不平等を肯定することはないという点では共通している。

 

またそもそも税金というシステムの大きな目的の1つは社会の格差を是正することであり、救貧税に限らず法人税所得税も貧しい者を救うために使われている。ただしキリスト教イスラーム教の特異なところは「税とは別に自由意志で寄付をする」というもので、それは他宗教においてあまり見られない現象であろう。

 

 

④文化の持つ政治経済的な側面

宗教とは「超人間的、超自然的な存在を確信し、それを畏敬する行為」と定義されているが、では「文化」や「モラル」や「習慣」などは経済活動にどのような影響を持つのだろうか。例えば「大学生のうちにカンボジアに学校を建てるボランティア活動をしておけば就職で有利になる」という類のものは、動機がどうであれ、ありがた迷惑にならない限りはある一定の社会福祉となっているであろう。また別の例でいえば災害発生時の「義援金」や盲導犬育成、障碍者支援のための「募金」、はたまた「フェアトレード」なども、宗教を背景とした行動ではないにせよ弱者救済システムとして機能している。これらはどれも匿名性の強いものだが、逆にクラウドファンディングのようにサポーターが明確である例も存在する。

 

これらの活動の経済的な効果を一般化して述べることはできないが、少なくない効果は有していると言える。そして政府も宗教も果たしきれない役割を担っているのかもしれない。例えば日本においてキリスト教イスラーム教が多数派になる状況は想定しにくいが、そんな状況で政府の支援を受けられない弱者が「民間奨学金」や「クラウドファンディング」に支えられるケースも少なくない。

 

 

➄経済の未来と宗教の未来

ここまで宗教が果たす弱者救済について述べてきたが、今後無神論者が増えれば状況はどう変わるのだろうか。また現在のところ中東をはじめとしてイスラーム諸国はオイルマネーで体制を支えているケースが多いが、今後エネルギー革命が起こった場合に体制を維持することはできるのだろうか。これらについては不確実な想定をすることしかできないが、結論としては各種の制度を導入しながら状況にうまく対応していくのだろうと思われる。

 

例えばバーレーン王国では、失業保険の財源とすることを目的として2007年から労働者の給与の1%を徴収することとなった。これ以前にはバハレーンには税金は存在していなかったが、石油枯渇と失業率の高さから導入せざるを得ない状況に追い込まれたのである。

 

一般的に言って不景気の時には国の税収が減り、かつ自由意志に基づく寄付なども減るため、社会保障システムが弱くなる。いくら宗教的な寄付の文化があろうとそのような経済の波からは逃れられず、つまり完全な社会福祉とはならないのである。しかし「国の保障」「宗教の保障」「文化としての保障」という選択肢の多さが、より強固な社会保障となることは確かである。

 

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