ヤマダ=イスキーの旅日記

イギリス留学、世界一周などをしていました。

レストランの東西論

ビール飲んだあとなのでそこまで深い思考はできないです。この記事を読んで続きは読者の皆さんに考えていただくというので結構ですし、僕自身が後で加筆修正することもあるでしょう。まあササっと読み流してください。

 

 

上海に限らず中国を1人で旅していると「このレストランには入りづらいなぁ」という状況がしばしば生まれるわけで、それは別にメニューが高いとかじゃなくて「大人数が座ることを想定した円卓」があるからなんです。

 

念のため写真を入れておくとこんなヤツですね。

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まあどんだけ図太い神経をしていてもこんなテーブルに堂々と1人で座るなんてとてもできないわけです。というか店員さんが許さないでしょう。

 

こんな感じのレストランは中国ではよく見かけます。と言ってもありがちな

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こんな店だって見つかるわけですが、割合で言うと半々と言ったところでしょうか。

 

それに対してヨーロッパでよくあるパブでは個人客でも居場所を確保しやすい感じで

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こんなのが多かったりするわけです。

このパブで言うとカウンター席があるというよりは「立ち飲みを想定していてカウンターは酒を提供する場所」みたいにも思えます。

 

 

で、この両者の違いを「家族で寄り集まって農業をしてきたアジア人」と「男性が狩猟した獲物をバラバラに食べるヨーロッパ人」の違いの帰結だと言いたいんですが、どの程度飛躍のない論理と言えそうですかねぇ。やっぱちょっと無理やりすぎるかなぁ。

 

でもって日本人というのは伝統的に中国の文化的な影響を受けているから「家族観」みたいなものはすごく血縁重視か地縁重視で関係する親戚が多いけど、一方では20世紀に随分と西洋の個人主義を輸入してきたから「個の意識」も植え付けられてるし、その矛盾が食事の場面で現れたのがレストランでの「ボッチ席」なんじゃないかなぁと思うわけなんです。

 

中国では「気の知れた知り合いで集まってワイワイ食べようぜ」となり、ヨーロッパでは「みんなバラバラの考え持ってるけどお互い尊重しあって一緒に食べようぜ」となるけど、日本人だと「心の中では仲良しどうしで食べたいと思ってるけど、頭の中身はみんな違うから一緒に食べるのは気が重い」みたいな状況が生じてしまうのかなぁと。

 

まあ理由はこれだけじゃないですね。

 

ちょっとさすがにまとまりがなさ過ぎて公開するのも恥ずかしいような記事だけど、まあいいです。