ヤマダ=イスキーの旅日記

札南山岳部→京大農学部→トビタテ7期理系でイギリス留学→2年休学して世界一周(今ココ)→いろいろ

アウトスタンディングな人間の存在価値

ふとワードにて文章を書きました。鼻をつまんでお読みください。

 

 

「日本は閉塞した社会である」という仮定と、「社会の閉塞感は打ち破られなければならない」という前提のもとで議論するならば、僕のように物理的そして制度的に日本社会から切り離されたアウトサイダーには一定の存在価値があるのかも知れない。というよりは、それらの仮定と前提を正しいと思い込み、かつアウトサイダーでいることを誇りに思える異常人格じゃないと、休学してあちこち放浪するなんてできないと思う。すなわち僕は意識的に狂人と自身を規定することによって、逆説的であるにせよ理論的に自身の立場を正当化しているのだ。ただしもちろんこの場合の正常と異常というのは、現社会における大多数とごく少数という線引きに過ぎないのであって、異なる時代の異なる社会において異常が正常とみなされることもあるだろうし、ひょっとすると普遍的に異常とみなされることも存在するかもしれない。そして、およそ歴史上において、旅人が正常とされ社会の大多数を占めた例は少ない。

 

 (書きかけの記事です)