ヤマダ=イスキーの旅日記

更新が滞ってますが、病んではいないです(たぶん)

号外; ストリートチルドレン

今回は珍しく、旅日記ではなくふと街を歩きながら考えたことを書いてみる。

 

イギリスではホームレスの方はたびたび見かけるが、ストリートチルドレンはまだ見たことがない。社会福祉制度の進んだヨーロッパだから貧しい家庭の子供は福祉施設などに預けられているのかもしれないが(それならホームレスもいないはずなんだが、それはさておき)、しかし世界的に見るとストリートチルドレンはいまだにずいぶんと存在する。正確な統計を取ることは難しいけど、一つの指標としてユニセフは1億人以上いると推測している(分母となる子供人口は12億人)。

The State of the World's Children 2006

 

 

そんな彼らにできることは何か。

 

小銭程度のお金をあげても貧困からは抜け出せないし、ねだるだけで旅行者はお金をくれるという歪んだ考え方を植え付けてしまう、だから絶対にお金は渡さない、という人は結構いる。というよりほぼ大多数の人がこのパターンだろうし、僕もその意見には一理あると思う。

 

逆にイスラム圏などでは、結局のところお金を渡さないと何の解決にもならないし、自分より貧しい人を助けるのは功徳/義務だ、といって見かけるたびに小銭をあげる人もいる。自分が天国に行きたいから、というのが本音かもしれないが、しかしその心がけも決して間違ったものとは思わない。ただ全員が全員そこまでお金持ちとは限らないし、イスラム圏での物乞いは実は平均収入に匹敵するほどお金を得ているという話もある(真偽は定かではないが)。少なくとも貧乏学生の僕にはとてもマネできない。

 

ではどうするべきか。上記の2つの意見はそれぞれに理屈が通っているのだから、これらを統合することはできないだろうか。つまり「お金はあげるけど、何かしらの仕事をしてくれないと対価として払えない」というスタンスである。

 

ストリーチルドレンはモノを売ろうとしてくることが多いが、正直なところあまり使えないおもちゃだったり磁石だったり、荷物を最小限にしたいバックパッカーには親切心でも買うに買えないことが多い。そこで例えば道案内をしてもらう、現地の言葉を教えてもらう、現地の文字を書いてもらう、逆に日本語の挨拶や数字を教えてあげる(学習することも立派な仕事のうちだと思う)、スポーツや遊びを教えてあげる、などはどうだろうか。

 

何をしてもらうか、何をしてあげるかは状況次第だが、例えばoneからtenまで言える子供だったら、現地の言葉でoneからtenをどう言うのか教えてもらう、それらの数字を書けるか聞いてみる、eleven以降は知っているのか聞いてみる、などが考えられる。何か新しいものを頑張って覚えてくれたり、逆に自分が何かを教えてもらえたら、近くのお店に行って何か一つだけ好きなもの(食べ物など)を買ってあげる、それに加えて1ドルくらいをあげる、などが対価としてちょうどいいのではないか。現金を渡すと実はマフィアの収入源になっていたりするし、しかし食べ物や飲み物もその場で消費してしまえば明日からまた元の木阿弥だし、ここでも両方を少しずつあげたい。

 

いちいちそんなことをやっていられないという人がほとんどだろうし、僕だって時間と気力がそこまでもつか自信がない。でも貧乏学生がストリートチルドレンの問題を解決しようとするとき、こういう1人の子供の少なくとも1日を有意義なものにしてあげるというちょっとした努力こそが大切なんじゃないか。